II-19 金の瞳
翌日の放課後、魔法練習棟に向かった。カミラ様とルシファー様は先に行かれている。どこから情報を仕入れたのか、ルイス殿下とシリル様も同行しており、私の両脇に陣取ったお二人は会話を始めた。
「例の平民の子さ、シリルにもしつこく話しかけてたでしょ? 最近はどうなの?」
「同じ官吏コースに居るけど、俺に婚約者ができたからか最近は何もないよ。アレンのとこには側室狙いで通ってるらしいけど」
「そうなんだ‥‥私も入学してすぐ話しかけられたけど、初日に“私と仲良くしたかったら、風魔法を最低レベル10以上にしてね”って言ったら、もう来なくなったよ」
現在、魔法練習棟は貸し切りになっており、限られた生徒しか入れない。入り口付近には誰もいなかった。
「はい、どうぞ? リーディア嬢」
シリル様が笑顔でドアを開けて下さって、私はお礼を言って中に足を踏み入れた。
リリアンは一番最後にやって来た。
中央よりやや奥にルシファー様が立っておられ、私達見学者は隅に固まっている。護衛で来ているメイジー、ルディ、ジーン様は少し脇から見守っていた。
「ルシファー様!」
リリアンは嬉しそうに駆け寄るけれど、ルシファー様が手のひらを向けてそれを制した。
「あなたも精霊魔法が使えるのだろう?‥‥では、今から呼ぶ悪魔を倒してみて? 私の愛人になりたいのなら、これくらいはできないとね」
二人の間に悪魔召喚のサークルが浮かび上がる。現れたのは、大型犬と同じくらいの大きさの、翼が生えた狼だった。尻尾は蛇だ。青ざめたリリアンが数歩退がる。
『ねえ、かなり素早そうだよね‥‥あの子、魔法レベルいくつなんだろ?』
ルイス殿下が小声でシリル様に話しかける。
『確か、オールレベル5だったような?』
メイジーが見学している私達に防御魔法をかけた。それを合図にルディ、ジーン様も剣を抜いて前に出る。
リリアンに向かって唸る悪魔の口から炎が漏れている。ルシファー様は微笑んで仰った。
「この子の弱点は水だよ。一分時間をあげよう。その間は攻撃させないようにするから、頑張って‥‥ファウラー卿、カウントダウンを」
「はい」
指名を受けたルディは剣を収めて皇太子殿下の側に控え、カウントダウンを始める。
「ではまいります。60、59、58‥‥」
震えているリリアンは、大声で叫ぶ。
「こんなの無理に決まってるじゃない! 誰も助けてくれないなんて酷いわ!」
「53、52、51‥‥」
「さあ、時間がないよ?」
「私‥‥エストリアには行きません!」
リリアンが踵を返して出口に走る。本能なのか、獲物を追いかけようと体勢を低くした悪魔を見て、ルシファー様が口を開いた。
「“ベリー”」
カミラ様の辺りから白い塊が飛び出して一羽の太ったガチョウになった。大きく口を開け‥‥開きすぎな気もしたけれど、サークル上の悪魔を素早く丸呑みにした。
ベリーって、実は凄かったのね? 隣のカミラ様を見たら、複雑な表情をなさっていた。
メイジーとジーン様が武器をしまう。
皇太子殿下は足元に歩み寄ったベリーを抱き上げ、笑顔でこちらを向いた。
「私に対する不敬は無かった事にするので、あなた達もここに悪魔は居なかったと言う事でいいかな?」
「それで結構です」
代表してルイス殿下が答える。
「カミラ」
皇太子殿下がこちらに手を伸ばし、カミラ様は私達に挨拶をしてルシファー様と共に魔法練習棟を出て行かれた。
後に残された私達は顔を見合わせる。
「用務員室でお茶でもしながら話さない?」
ルイス殿下のご提案で、場所を移す事になった。




