II-18 ダブルデート
観劇はお昼のチケットを取っていたので、秋色のワンピースを着用した。お兄様も同じ色のジャケットを羽織っている。
ボックス席で待ち合わせをしており、私達は少し早めに行ってカミラ様と皇太子殿下の到着を待つ。
「エストリア帝国の皇太子殿下とアルカナ王国の輝く星、王女殿下にご挨拶申し上げます」
私達がお辞儀をする中、お二人が笑顔で入室された。今回の歌劇は無実の罪で国を追放された王女様と、彼女を拾った大国の王子様のロマンスとなっている。
私とカミラ様を挟んでお兄様と皇太子殿下が席に着いた。会場が暗転してお芝居が始まる。
舞台に集中していると、カミラ様側から皇太子殿下の小声が聞こえた。
『手すりから乗り出して観てもいいよ?』
『もう子供ではないので、それはしません』
『そう? 残念だな。夢中になって観るあなたも好きだったのに』
まあ、とても仲良しでいらっしゃるのね‥‥なにこの幸せな空間!
お兄様の方を向いて、訴えるように目をぎゅっと閉じたら、宥めるように手の甲をぽんぽん叩かれた。目を開けるとお兄様が笑っている。私は頷いて、視線を舞台に戻した。
王子様がみすぼらしい格好をしている王女様を城へ案内している。
騎士のみんなも見てるかしらと後ろを窺うと、立ったまま控えていたレオとメイジーは淡々としており、代わりにルディが真剣な顔で舞台に見入っていた。
楽しい時間を過ごして、皆で劇場の外へ出た。この後は個室のあるレストランに行く予定だ。
馬車が到着するのを待っていると、一人の女性が駆け寄ってきた。
「ルシファー様! こんな所でお会いできるなんて‥‥」
メイジーに止められているのは、リリアン・ドイルだった。これまでを思うと偶然とは考えられない。どうやって知ったのだろう。
「お嬢さん、皇太子殿下はあなたが気安く話しかけていい方ではありません。いい加減にしなさい」
「いいえ、ルシファー様は私に会えて嬉しいはずよ! だってダンスの時、あんなに優しかったんだから。もうこれは運命よ‥‥!」
リリアンの目は陶酔するようにずっと皇太子殿下を見ている。ここまで来ると異常だわ。
レオがリリアンの視線を遮るため間に入る。メイジーは続けて言った。
「お嬢さん、皇太子殿下にはもうご婚約者様がいらっしゃるのですよ。追いかけるのはやめなさい、迷惑でしかありません」
「またあの女!‥‥いつも私の邪魔をして!」
リリアンがカミラ様を睨んだとき、怒りのような重い空気が周囲を占めた気がして、私は隣のお兄様にぴったりくっついた。
「興奮してるな、連れて行くか」
腕を掴んで劇場の警備員に引き渡そうとしたメイジーを呼び止める、穏やかな声がした。
「‥‥ああ、少し待って貰えるかな?」
ルシファー様はリリアンの方へ歩み寄り、メイジーが取り押さえたままの彼女の瞳を覗き込んだ。
「あなたがもし私とエストリアに行きたいのだったら、少し確認したい事があるので、明日の放課後、魔法練習棟に一人で来てくれる?」
「ぁ‥‥はい。必ず行きます」
うっとりするように目を合わせたリリアンが、なぜか大人しく帰って行った。
姿が消えるまで見届けた騎士達が警戒を解く。皇太子殿下が笑顔のまま仰った。
「私の瞳は、意図せず人を惑わせてしまうようでね、思い込みの激しい人がかかりやすいかな‥‥多分、少し脅せば目が覚めると思うよ」
皇太子殿下の瞳に、そんな力があったのね? と言うか、脅すってさらっと仰ったけれど、誰も何も言わないしそこは様子見なのねきっと。
食事の際に、皇太子殿下の瞳について尋ねてみた。幸い不快には思っておられないようで、お返事をくださった。
「正確に言うと、私の瞳は相手の欲を引き出してしまうんだよ。悪魔の血を引いているからかな? 中毒性もたぶんあると思うから、欲が強かったり意志の弱い人は、私の目を見ない方がいいかもね?」
微笑みながらそんな話をされて、どう反応していいか分からない。でも、カミラ様は影響を受けなかったのかしら?
私の視線を追って、殿下はさらに続ける。
「王女殿下にもこの瞳の効果で早く私を好きになって貰いたかったけれど、全く効果がなくてね。さすが精霊王の血筋だと思ったよ‥‥ところで、カリス卿も珍しい瞳をお持ちだが、特別な効果があるのかな?」
カミラ様の件は、冗談で仰っているのよね? と納得しようとしている間に、隣のお兄様が答える。
「水の精霊魔法は他の公子よりも使えると思いますが、後は特に‥‥強いて言うなら、試練に選ばれたのもこの瞳が関係しているのでは、と思っているくらいです」
「そうですか、お互い、理解あるパートナーに恵まれて良かったですね」
「ええ、僕も妻には感謝しています」
穏やかに微笑み合っている。
とりあえず、リリアンの件は明日を待とう。結局はあの子の欲が強すぎたのが原因みたいだし。
その後も穏やかに会食を終えて解散となった。




