II-15 皇太子殿下
9月になり、エストリアの皇太子殿下が約1年ぶりにご来訪された。今回は、学園内で留学生としての交流が主な目的だ。期間は一か月と短いけれど、平日はカミラ様と毎日通われる予定になっている。
制服も用意されており、他の生徒と同じように過ごされるらしい。
「本日からこのクラスで一緒に学ぶ、エストリア帝国の皇太子殿下、ルシファー・ラブラス・エストリア君だ。皆、失礼のないように」
てっきり騎士コースを選ばれるものと思っていたので、この神官コースに入られるのは、少し意外だった。
ちなみにこのコースは、もう婚約者が決まっている貴族子女が大半で、後は本気で神官を目指している男子生徒や女子生徒が若干いる程度だ。
皇太子殿下はカミラ様とご一緒する為に、このクラスを選ばれたのね。見目が極上なので教室のあちこちから歓迎の黄色い声が上がっている。
ルシファー様はカミラ様の隣に着席した。黒がお好きだと言う事で、制服も特別仕様の黒色になっている。ご年齢が21歳だからクラス内では少し目立っているけれど、魔法や剣術の実技はレベル別の授業なので、そこまで浮いている感じはないのでは? と思っていた。
◇◇◇
「それで、どうだったの?」
ソファーに座ったお兄様に尋ねられる。
「あのね、ルシファー様って実技の授業では、いつも見学なの。魔法の授業は精霊魔法を使えないから分かるのだけど、剣術の時は一緒に素振りぐらいなさっても良くない?」
「皇太子殿下は、それについて何て理由を言ってるの?」
「“日差しが苦手だから”だって。剣術の授業は屋根のある日陰で見学しているわ」
お兄様がふふっと笑う。私は彼の腕を掴んだ。
「もうディラン様!」
「ふふ、ごめん。それで、何に困ってるの?」
「だからね、皇太子殿下は武術に自信がないのではとか、実はとても弱いんじゃないかとか、そんな噂が出ているの!」
「うーん、あの方が何も考えていない筈ないし、王女殿下が納得していれば、そのままでいいんじゃない?」
「ディラン様、続きがあるの!」
身を乗り出した私の肩を、彼はなだめるようにぽんぽん叩く。
「うん、なに?」
「先日、皇太子殿下がダンスの授業に招かれたの‥‥そこで先生にお願いされて何人かと踊ったんだけど、殿下に優しくエスコートされて、お近付きになれたと勘違いした女生徒が、毎日皇太子殿下に挨拶しに来るようになったの!‥‥」
ダンスの授業や礼節は必須科目だけれど、試験に合格すれば免除されるので、私もカミラ様も授業を受けていない。
私を抱き止めて、お兄様は背中を撫でた。
「それは、勘違いの程度によるかな?」
「その子、あちこちで皇太子殿下虚弱説を否定して回ってるの。“自分と踊ったダンスがとても力強くて上手だったから、絶対違います”って」
「間違いではないから、放っておいたら?」
「私もその子がただの一般生徒だったら、皇太子殿下のファンなのねと思ってもいいわ。でも、その女子生徒‥‥リリアン・ドイルなの」
リリアン・ドイルは、私が予知夢で見た乙女ゲームの主人公だった。彼女も私と同じ夢を見ていたらしいけれど、結局この世界ではヒロインになれずにゲームを終えている。
「あぁ、そう言う事か」
私を抱きしめたままお兄様が苦笑した。




