II-13 反省
「君が汚されると思ったら怒りが収まらなくて‥‥リーディア‥‥僕のこと、怖くない?」
パーティーが終わった夜、二人きりになった部屋でお兄様が尋ねる。開けた窓の外からは波の音が聞こえていた。
「戸惑いはしたけれど、怖くはないわ。何かもうスケールが大きすぎて把握できなくなって来たので、私はディラン様を信じて付いて行く事にします」
そう答えたら、彼は少し笑った。
「そうだね‥‥とりあえず僕は目の前の仕事に取り組むよ。あとは、君に関しても極力感情を抑えるようにする」
「私は、そんなディラン様が毎日を楽しく過ごせるようにお手伝いします」
うん、と頷いて彼は私を抱きしめた。心配かけてごめん、と呟いている。私はぎゅっと抱きしめ返して彼の背中を撫でた。
あの後、お兄様はルイス様はじめ皆に謝罪していた。自分でもなぜ暴走したのか分からないらしい。そう言えば、海賊船に拘束された辺りから私もずっと頬が熱かった気がしたけれど、今は治まっている。何だったのだろう?
気を取り直して体を離し、お兄様に微笑みかけた。
「それにしても、ディラン様の女装が綺麗すぎて、肖像画に残したいくらいでした」
「そうかな? 肩幅とか無理があったと思うけど」
「それを補って余りある程の完成度でした」
「そっか、君が満足したならそれでいいよ」
頬に手を添えられたので目を閉じるとキスされ、気配が遠ざかった。
「これ以上仲良くするのは、僕達の邸に戻ってからにしようか。もう寝る? それとも、散歩でもする?」
と聞かれたので窓の外を見たら、穏やかな海と星空が瞬いている。私は彼と砂浜の散歩を選んだ。
レオ達はもう自室に戻っているので、お兄様と二人でビーチを目指す。途中で厨房に寄って飲み物の注文をして、それを受け取ってから外へ出た。
波の音を聞いていると落ち着く。しばらく二人で海を眺めていたら、ふと思い出した。
「あ、私、水の精霊魔法がレベル13になりそうなの!」
「そうなんだ、おめでとう‥‥精霊王に何かされたの?」
「いえ、特には。ただお会いした時に、“そなたにひとつ贈り物をしよう”と」
「ふうん、気に入られて良かったね?」
あっ、これは。お兄様を安心させないと。
「私、水の精霊王の花嫁になられたコーデリア様の面影があるらしいの。だから気にして下さったみたい」
「ふうん?」
拗ねてしまったわ。私はお兄様の頬を両手で挟んで顔を近付けた。
「何があろうと、私が愛してるのはディラン様です」
「‥‥‥‥」
両手を広げられたので、いつものように腕の中に収まる。ぎゅっと抱きしめられた。
「そう言えば、あの船の火災は無事に鎮火できたのかしら?」
その問いには答えてくれた。
「火災自体は揺動が目的だったから、すぐ鎮火できたらしいよ。海軍も控えてたからね。海賊も全員捕らえられたって」
「そう、良かったわ」
「来月は、エストリアの皇太子殿下か‥‥何もないといいけど」
そう言われると、少し不安になる。精霊王の警告が今回の件で終わったのかも分からない。確か神学の教科書に、他国の宗教についても記載されていたわね。念の為夏休みの間に悪魔信仰の項目を見ておこう。
「ディラン様、学園だったら監視の目もたくさんあるし、お祖父様もいらっしゃるから大丈夫よ」
「うん‥‥僕はリーディアと穏やかに暮らせるだけで十分なんだけどな」
お兄様と目を合わせる。学園に入学してから、色々ありすぎよね。もうそろそろ落ち着いてくれないかしら。
でも、精霊王の試練に選ばれたことが、既に穏やかな暮らしとは無縁だと言うことを表している気もするわ‥‥ううん、諦めずにお兄様と二人で少しでも穏やかに過ごせるよう頑張ろう。
近くで私の表情を眺めていたお兄様は、
「ふふ、そうだね」
と笑っていた。




