II-8 助言
ビーチは変わりなく美しく、透明度の高い青い海が波を寄せていた。
使者様は、ゆっくりだけれど迷いなく1箇所を目指している。あ、ガゼボに行くのねと理解した時、長椅子に誰かが座っているのが確認できた。
このビーチは客人以外入れないはずなのに、誰だろうと思いながら使者様と共に歩み寄る。
「やあ、また会えたね、乙女」
低く、心に直接響くようなその声は、市場で出会った前髪が長い商人だった。立ち止まった私を気にせず、使者様が彼の後ろに回って控えた。
あ、これはもしかして‥‥!
「近くにおいで」
その方の誘いに抗えず、長椅子の側まで歩く。
彼が前髪を自分の手で片方に避けた。そこに現れたのは、色んな青を含んだ宝石のような瞳だった。私の中の精霊の血が歓喜に震えているのが分かり、頬が勝手に紅潮する。
跪こうとした私を手で制し、彼はご自分の膝をぽんぽん叩いた。
「ほら、ここにおいで」
それはさすがに致しかねるので、失礼して隣に腰掛けようとしたら、手を引かれて結局はそこに座ってしまった。腰に手がまわる。
「そなたは私の子供のようなものだ‥‥緊張しなくて良いんだよ、リーディア」
そう言われましても、私には無理がすぎるわ。一体何のご用なの‥‥あ、試練の件で何か不都合があったのかしら!?
思わず水の精霊王のご尊顔を見上げたら、優しく微笑まれた。
「試練はもう終わっているよ。よく頑張ったね」
頭を撫でて下さった。とりあえずは安心だけれど、ではなぜ今顕現なさっているのかしら? 色を変える青い瞳からは何も読み取れない。
「そなたは、ディランがなぜあの瞳を持って生まれたか分かるか?」
私もどうしてだろうと思った事はあるけれど、結論が出なかったのでそのままにしていた。でもこの方から改めて聞かれると、真実を知るのが怖い気がする。
神学の授業で、精霊王の瞳がお兄様と同じだと教えられ、ああ、だから“精霊に愛された”瞳って言われているのねと思ったくらいだ。
私の表情を観察していた彼は続ける。
「それはね、ディランが人間の生を終えると、精霊王として生まれ変わるからだよ」
ああ、お兄様‥‥! 今もカリス公爵子息として日々努力しているのに、それを終えても更に長くて過酷な生が待っているのね‥‥
想像すると涙が出た。どこまで頑張り続けたらいいのだろう?
「‥‥お兄様のために、私にできる事はありますか?」
問いかけたら、それを待っていたように青い瞳が優しく細められた。
「乙女のそなたに出来るのは、ディランが人を好きでいられるように尽力することだ。引いてはそれがこの国の為になる。自分の力を信じて頑張ってみなさい」
人を好きで‥‥少なくとも、お兄様は私や家族、昔から関わりのあるご友人を大切にしているわ。それでは駄目かしら?
彼が私の頬に手を添え、涙に濡れる目元に指を滑らせると、さらりと霧になって消えた。目の周りや頬の濡れた感覚がなくなる。
「そなたはコーデリアに似ているゆえ、つい構いたくなってしまうな‥‥またこの国が騒がしくなりそうだ。気をつけなさい」
こちらを見つめる優しい表情を拝見しながら、コーデリア様ってどなたかしらと記憶を探る‥‥そうだわ、この方の花嫁になったカリス家の令嬢のお名前ね! 肖像画は残っていないけれど、文字の記録は伝わっている。
でも、このようなお顔をされるって事は、精霊王のお仕事も辛いばかりではないのね?
この国が騒がしくなるとのお言葉も気になるわ。事件や事故でもあるのかしら?
「騒がしくなるとは‥‥」
具体的に尋ねようとしたけれど、
「さあ、何だろうね?」
そこまで教えて下さるつもりはないのねと諦めていたら、笑顔で私を眺めていたご尊顔がなぜか近付いたので、慌てて口元を自分の手でガードした。
「申し訳ございませんが、唇はご遠慮くださいませ」
彼は嬉しそうに笑って言った。
「ふふ、ディランも毎日楽しいだろうな‥‥ひとつ、私からそなたに贈り物をしよう。学園に戻ったら、水の古代魔法の試験を受けてみるといい」




