番外編3 精霊魔法の使い手
春も間近な昼休み、学園の温室で両殿下とお茶をしていたら、後ろからメイジーとルディの会話が聞こえてきた。
「ケイ・ロスさんから聞いたんですけど、学生時代のレオさんって、めちゃくちゃモテたらしいですね!」
「私はレオと入れ違いに入学したから実際に見てはいないが、聞いた話によるとそうらしいな」
「外見は、あのフェアバンクス伯爵の若い頃にそっくりだそうですし、背が高くてスタイルも良くて、魔法の成績も素晴らしかったとか」
「まあ、あいつも馬鹿ではないからな。10代の頃は、もっと落ち着いていて、そうだな‥‥タイプで言うとクリブランド卿が少し明るくなった感じか」
そこに、ルイーズ様が割って入る。
「うっそ! 私が会った時はもうあんな感じだったけど?」
「レオの性格が変わったのは、姫に会ってからですよ」
と言うことは、お兄様の護衛騎士になってからなので、レオが20歳で私が8歳ね。
「なるほど? 恋は盲目って言うもんねぇ」
ルイーズ様がテーブルに肘を付いて私を見る。
「レオは姫と初めてお会いした時、その可愛さに世界が変わったと言ってました」
「ディア姉様は水の精霊王の直系だから、レオにとっては姫君なんだよ。好きになるはずだよね」
「ええ。姫と契りを結んでからは、どうやったら仲良くなれるかを考えていたようで、目から水魔法を出して虹を作る練習をしていました」
「‥‥ねえ、それって目指す方向がおかしくない?」
「本人曰く、ただ虹を作るだけじゃなくて、笑いも入れたかったとか。でも結局、姫の前では披露せずに宴会芸で終わっていますね。忘年会などの飲みの席で騎士団の皆を笑わせていましたよ」
聞きたい事があるのか、ルディが手を挙げた。
「すみません、精霊魔法って、手のひら以外からも出せるんですか?」
視線を受けたメイジーが答える。
「使い勝手がいいのは手のひらだが、出そうと思えば目、口、耳‥‥下の穴からでも出せる。必要がないので誰もやらないが、練習次第だな」
「俺、ちょっと見てみたいです」
「私も!」
ルディの感想に、ルイーズ様も賛同した。
「でしたら、姫がお願いすれば喜んで披露してくれるんじゃないですか?」
そう言いつつ、メイジーが視線を遠くにやった。それを追うと、レオが手を振りながら走ってくるのが見えた。
「姫ちゃん! 俺だよ〜」
「今日は若の書類を取りに寄るからと言っていました」
メイジーが説明する。レオは両殿下に挨拶をした後、私の側に笑顔で留まった。
「若にも姫ちゃんの様子を見て来るように言われたんですよ。お勉強は順調ですか?」
「ええ‥‥」
ルイーズ様とルディの視線の圧が強い。
「あのね、レオ。もし良かったらでいいんだけど‥‥」
「何ですか? 姫ちゃんのお願いなら喜んで聞きますよ」
「目から水魔法が出せるって聞いたから、見てみたいなぁって」
「ああ、あれですか」
レオはメイジーに書類の入った封筒を手渡し、ガラス張りの空を見上げて太陽の位置を確認した。
「それじゃ、行きますよ〜」
彼が目を見開くと、うっすらと光を放ち、次いで霧のような水流が両眼から溢れた。それは弧を描いて広がり、虹を発生させる。とても奇妙な光景だった。
「ははは、本当に虹の涙だ!!」
ルイーズ様が大笑いしている。隣のカミラ様も、口元を手で覆っている。私も‥‥今年一番と言えるほど笑ってしまった。
「レオ、忙しいのにありがとう」
「いえいえ、姫ちゃんの為ならお安い御用ですよ」
レオが笑顔で膝をついたので、その頭を撫でた。
「レオってモテ要素がいっぱいあるのに、ディア姉様にも誰にもそれを全く使ってないよね」
ルイーズ様の指摘に、膝をついたままレオが答える。
「俺は、別に不特定多数にモテたいとは思っていませんから」
「‥‥まあ、だからディランの怒りを買わずにディア姉様と触れ合えるんだよね。ルディも同じだけど」
「えっ、そうですか?」
ルディは心当たりがないような表情をしている。
「ちょっと想像してみてよ。女生徒やご婦人方にきゃあきゃあ言われながら、ディア姉様にも色目を使っている騎士の姿を」
「許せないな」
「許せませんね」
「校舎の裏に呼び出して説教だな」
「私も、すぐディランに報告するよ‥‥だから、レオは今のままでいいんだよ」
「‥‥なるほど?」
レオは立ち上がり、封筒をメイジーから受け取った。
「俺は、姫ちゃんが楽しければ、何でもいいんですよ。それでは、失礼します」
その颯爽とした後ろ姿を見送って、私達は雑談に戻った。
クリブランド卿は土の王子の護衛騎士で、穏やかで真面目な方です。
今度こそカッコいいレオを書こうと思ったのですが、私にはこれが限界でした。




