3-42 冬休み3
エストリアに入ると針葉樹が多くなった。
街道脇には雪が積もり、馬で並走している騎士の息も白い。ただ、馬車の中は魔法石で温度調整をしており、外套を着ていてちょうど良いくらいだ。
使者様も同行されているので、馬車は二台に分かれている。
道案内役のエストリアの騎士の話では、この先に領主の館があり、そこでルシファー様が出迎えて下さるそうだ。
その後は皇城ではなく冬の離宮へ向かう予定だ。主要貴族もその周辺に邸を構えているようで、パーティーの際に紹介していただく事になっている。
言語については、日常会話ができるくらいは学習して来た。
「カミラ殿下、カリス小公爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
ルシファー様は黒系の衣装が多く、装飾などは金色が多かったけれど、今日は外套にペリドットのブローチをお召しになられていた。カミラ様の瞳の色だ。
恋愛脳寄りなのかもしれないけれど、ご挨拶を返しながら心の中で“愛だわ!”と思ってしまった。
皇太子殿下は護衛の面々を確認して目を細め、お辞儀をしたままでいる侍女姿のルイーズ様をご覧になって微笑んだ。
「ご学友もご一緒なのですね」
カミラ様に話しかける。
「ええ、エストリアでぜひ新年を迎えたいと」
「そうですか、楽しんでいって下さいね」
「身に余るお言葉を賜り光栄です」
ルイーズ様が顔を伏せたまま答えた。
冬の離宮に到着したのは夕方だった。本日はこれから陛下にご挨拶して後は自由、翌日の夕方に歓迎パーティーが開催される。
部屋に案内されて着替えを済ませ、陛下が待つ温室へ向かう。
途中で回廊を渡っていると、その可憐さに感嘆の声が出た。床や柱は淡いピンク色の大理石でできており、さらに床には落ち着いた赤色の絨毯が道を作り、冬仕様なのか左右にはガラス張りの壁と天井が設けられていて、雪が積もった中庭を眺めながら移動できる。
「素敵ね」
カミラ様も思わず呟き、それを聞いたルシファー様が微笑んだ。
「この離宮の設計、特に内装には陛下のこだわりが詰まっているのですよ」
そうなのね、噂では厳しくて政治に関しては辣腕を振るっているだとか言われているけれど、プライベートでは違う面があるのね、きっと。
陛下は黒い冬用のシンプルなドレスをお召しになっており、肩にファーのショールを掛けていた。首には宝石が三つ輝くペンダントを着けていらっしゃる。
「エストリア帝国の皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
カミラ様と私は腰を落としてお辞儀をする。
「ああ、よく来たな。待っていたぞ」
漆黒の髪に金の瞳、年齢は40代半ばだそうだけれど、年齢不詳で妖艶な美女だった。肌は真っ白で品があって美しい。
「明日は夕方からパーティーだが、昼過ぎまでは時間があるだろう? 二人とも、それまで私に付き合うように。朝、迎えを寄越す」
そう仰ると席を立ち、ゆるりと向きを変えて退出してしまわれた。
残ったルシファー様が私達に席を勧めながら言葉を紡ぐ。ティーワゴンが到着してお茶の準備が始まった。
「母は少し言葉が足りないから、誤解しないで欲しいんだ。あの方はずっと前からお二人が来るのをとても楽しみにしていてね、この温室も母のお気に入りの場所だし、明日もサプライズを準備しているらしいから、楽しみにしていて」
陛下が退出されたからか、皇太子殿下は砕けた口調になっていた。椅子に座ったルシファー様が、ね? と隣のカミラ様の顔を覗き込んだら、王女殿下の耳が赤くなっていた。
助けを求められるように視線が届いたので、私は口を開く。
「かしこまりました。温室内もそうですけれど、こちらから拝見するお庭も素敵ですし、明日も楽しみでございますね、カミラ様」
「ええ、そうね」
やはりまだ王女殿下はルシファー様の距離感に慣れていないようだ。エスコートの際にルシファー様からカミラ様の肩や腰に少し触れると固まってしまうらしい。
うん、でも考えてみれば、私にも同じような時期があったわ。そんなものなのかもしれない。




