3-33 引越し1
11月に入ってようやく新居の準備が整った。
それぞれの部門の従業員を雇って教育し、使者様の部屋も急遽用意された。
元々は辺境伯のお祖父様のタウンハウスだったため、質素倹約と言うお二人のご意向を反映した、貴族の邸にしてはこぢんまりとした可愛らしい邸宅だった。
試練を踏破した褒美は、記録を残せないので表立っては何も出なかったけれど、事情を知っている国王陛下や各公爵閣下の私財から、それなりの額に相当するものがカリス公爵家に流れたそうだ。新居を運営するには十分らしい。管理は両親とお兄様に任せてあるので詳しくは分からないけれど、学園を卒業したら私にも分配される予定となっている。
そして、今日から私達はようやく、このお兄様の邸で生活を始める。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
馬車から降りると、皆が出迎えてくれた。
顔合わせは既に済んでおり、先頭には家令、執事長、侍女長が並んでいた。
私はこの少人数の邸宅の女主人としての役割を果たす所から始め、徐々に範囲を広げて学習していく予定だ。
来月からはルディが邸付きの騎士として加わる流れとなっている。
レオがお手紙で新居の従業員を募集している旨を知らせたそうで、お祖父様の紹介状持参で応募→面接→採用となった。
邸内を詳しく見学するのは初めてで、お祖母様用に設けられていた花壇はそのままにしてもらっており、庭師のジョンに意見を聞きながら、日中はメイジーやアルマと何のお花を植えるか楽しく相談したりして過ごした。
使者様は賓客扱いを望まれなかったので、私の客人としてこの邸に滞在する予定だ。
前の邸でも常に私と行動を共にしていた訳ではなく、日中、ふらりと現れては使者様用に設けられた椅子に座ったり、側にいらして話しかけたりと自由になさっている。
夕方になると、家令と長時間話していたお兄様も食堂へ姿を現し共に美味しい夕食をいただいた。
入浴を済ませ、今日はいつもより念入りにお手入れするのね、とか、いつもより大人っぽい寝衣‥‥と言うかナイトウエアなのねと思いながら自室から寝室に案内されると、大きなベッドの上に花弁が撒かれ、かつ至る所にお花が飾られているのを確認して、ようやく理解した。
「お嬢様、明日の朝は少し遅めにお伺いしますね。それでは、失礼いたします」
アルマがそう言い残して退出する。
部屋の入り口に立ち尽くしている私の背を、メイジーがそっと押した。
「姫、本日はおめでとうございます。私も下がらせて頂きますね」
私の背中から離れる手を、思わず掴んでしまった。
「メイジー‥‥!」
不安そうに見上げる私を、彼女は微笑んで見つめる。
「ふふ、とても精霊王の試練を踏破した方の表情には見えませんね‥‥若に任せておけば大丈夫ですよ。では、また明日」
そう言って、あっさりと出て行ってしまった。
試練の際には、メイジーにもとても心配をかけてしまった。“姫に何かあれば、私も後を追う”と言って聞かなかったらしい(レオ談)。
メイジーとアルマが下がってしまったので、一人でソファーの隅っこに腰掛ける。
冷たいお水なども用意してあった。
どうしよう、緊張して来たわ‥‥




