3-24 皇太子殿下2
お兄様によるいつもの魔法訓練が終わったあと、皇太子殿下の話になった。
「それで、学園での殿下の印象はどうだった?」
「そうね、ずっとニコニコしてて人当たりの良い感じだったわ。それに、カミラ様にも優しく接して下さっていたけれど、本当のところはまだ分からないわ」
「僕も父上が挨拶する際に同席させて貰ったよ。掴みどころがないけど頭の回転は早いと思った」
実際にお会いして皇太子殿下の事が少しずつ分かってきた。だけど、どのような方か見極めるにはまだ時間がかかりそうだ。
「この婚約は成立するかしら?」
「多分ね。あちらの皇帝陛下が乗り気だし、我が国にも利点はある。例えば“悪魔の深淵”の警備の強化や協力体制の充実」
「“悪魔の深淵”かぁ‥‥」
合宿での事件を思い出した私はすぐ隣に座っているお兄様に寄りかかった。彼の腕が私の身体を支え、優しくとんとん叩く。心情を理解してくれたようだ。
「どうしてあんな亀裂が現れたのかしら」
「あの亀裂は世界中に何箇所かあるみたいだからね‥‥理由は分からないな。悪魔にでも聞いてみないと」
そんなにすぐ分かったら、もっと対策できているはずよね。溜息が出る。
「‥‥お兄様、今日はとても疲れたわ。外国の要人にお会いするのって初めてだったもの」
「うん、頑張ったね。お疲れさま」
今度は優しく頭を撫でられた。こう言う時に甘えさせてくれるところ、本当に大好き。
「もう休むなら、運んであげるよ」
彼は私をそっと抱き上げて運び、ベッドに降ろしてくれた。床に膝をついて私と視線を合わせる。
「眠るまで側にいようか?」
「ううん、すぐ眠れそうだから。大丈夫よ」
お兄様は忙しい方だ。日課の鍛練も欠かさないし、お仕事も頑張っている。それにほぼ毎日時間を作って会いに来てくれる。
だから、休める時は休んでほしい。でも‥‥もっと一緒に居たいとも思う。
「早く同じ部屋で寝られるといいなぁ」
疲れているからか、彼の瞳を見つめながら思ったことが口に出てしまった。頬が熱くなる。
「いや違うの。子供の頃みたいに、夜も一緒にいられたらなって!」
少し驚いていたお兄様は、嬉しそうにふふっと笑った。
「うん、でももう夫婦だけどね。新居の改装が終わったら、朝まで一緒だよ」
「そ、そうね! もちろん分かってるわ」
あっ駄目だわ。メイジーとのあれこれを思い出してしまう。恥ずかしくてぎゅっと目を閉じた。
「私、もう寝るから。おやすみなさい」
「おやすみ、リーディ。良い夢を」
お兄様の気配が近付いて唇に触れる。
「‥‥お兄様も、疲れてるでしょ?」
そっと目を開くと、至近距離で微笑まれた。
「前も言ったけど、僕は君といる時間が癒やしなんだ。だから、会えない方が辛いかな」
じゃあ、なぜ二年間も離れ離れでいられたのかしらと思ったけれど、口にしなかった。
「あの二年は‥‥逆に君に会ってしまったら決心が鈍りそうだったから、願掛けの意味もあったんだよ。手紙とレオの報告だけで我慢してた。ごめんね」
「‥‥お兄様、私は何も言ってないし、最初から怒ってないわ」
「うん、そうだね」
「私の表情が読めるの?」
そう尋ねたら、少し笑われた。
「何となくだったら、分かるかな?」
「‥‥‥‥」
じゃあ当ててみて、と言う意味も込めてじっと彼の瞳を見つめた。
「‥‥うーん、降参。分からないな」
「でしょうね。だって、心を無にしていたから」
私もいつも読まれてばかりじゃないんだから! と思っていると。
お兄様の顔が私の肩にぽすんと伏せられた。理由が分からなくて首を傾げたら、彼はくすくす笑いながら身体を起こした。
「リーディアは可愛いね、怒っているようで怒ってないし、従順なようで負けず嫌いだし、すぐ赤くなって照れるのに、僕を拒まないし」
「それはだってお兄様が好きだから」
そう答えたら、嬉しそうに頬にキスされた。
「ほんと昔から変わってないね。そう言うところも大好きだよ」
彼は機嫌良く部屋を出て行った。




