3-22 悪魔の深淵3
約束していたので、そのままカミラ様の部屋を訪ねる。室内では土の王子、シリル様がカミラ様にエストリアの慣習やマナー等を講義していた。秋の皇太子殿下のご訪問に備えてこの合宿中にもおさらいする予定だ。
「いらっしゃい、リーディア嬢。では、授業は一旦休憩にしようか。俺は外の空気でも吸って来ようかな」
そう言ってシリル様は参考書を閉じて立ち上がった。
シリル様ルートは一度しかプレイしていないのでうろ覚えだけれど、この合宿中に彼に関するイベントが二つある。一つ目は、この後起こるであろう邸内で迷子になった主人公とシリル様が遭遇するイベント。
そして二つ目は、明日、“悪魔の深淵”を取り囲む森を巡回する際に、主人公とシリル様の班が低級魔族と遭遇してしまうものだ。
こちらの方は、魔物と言っても飛翔系の小さいものが2体程度だったけれど、万が一の事も考えてレオとメイジーにも伝えてある。
翌日、いくつかの班に分かれて、引率兼護衛の騎士と共に森を巡回する。もちろん先頭にはフェアバンクス伯爵、私とカミラ様の班にはレオとメイジーも加わっている。
最近は魔物の出現率もかなり少なくなっているそうで、多少の緊張感はあったものの、皆落ち着いて行動できていた。
それは、中盤に入った頃だった。
遥か前方から大きな悲鳴が聞こえた。
レオはすぐに防御魔法で生徒と騎士を保護した後、私に言った。
「姫ちゃん、大丈夫だから指示に従って避難するんだよ」
そしてメイジーと視線を交わし悲鳴がした方へ駆ける。
私は青ざめた表情のカミラ様に寄り添い、その冷たい手を握った。ワンズ領の騎士の誘導に従って歩き出す。私の手は握ったままだ。
森の入り口で生徒が全員避難できたのを確認すると、伯爵の邸へ引き返す事になった。私はレオとメイジーの帰還を待ちたかったけれど、先生から危険だからと諭され、指示に従った。
夕方になって、ようやく二人が戻った。現れたのは低級魔族だったけれど、数が多かったのと、他にも出現していないか確かめるため残っていたので遅くなったのだそう。
二人の無事を確認できて、私はやっと食事を取る事ができた。
メイジーはまたカミラ様の護衛に行ってしまったので、ここには戦闘で汚れた服を着替えたレオが居るだけだ。元気のない私の足元に膝をついて、彼は私の手を取る。
「姫ちゃん、大丈夫だよ。対魔はあんまり経験ないけど、俺もメイジーも強いから。そんなにすぐやられたりしないよ」
「それに、他には魔物も居ないみたいだったし‥‥フェアバンクス伯爵やっぱり凄いね、魔物を蚊の如くバッサバッサ‥‥あ、ちなみに主人公の子だけど、魔物の数が多くてびっくりしたのか、シリル様を心配するどころか、かの方を置いて脱兎の如く逃げ出してたよ」
はは、面白いねと笑うレオの前で、私は息を吐いた。大丈夫だとは思っていたけれど、なかなか戻って来ないからすごく心配だった。
「‥‥私、態度悪いわね、ごめんなさい。レオに甘えてるのね」
「とんでもない。姫に甘えられるなんて、嬉しくて昇天しちゃう」
私を見上げていたレオは、目が合うと何かを悟ったように、ニヤリと笑った。
「よっしゃ久しぶりにするか〜」
何を? と問う間もなくレオが失礼しますと私を軽々と横抱きにして、さらにそこから縦抱っこに変化させた。
「ほーら、姫はこれが好きでしたよね」
驚きつつ昔を思い出す。小さい頃は、よくレオに抱っこして貰っていた。落ち込んだ時でも視界が急に開けると気分が明るくなったものだ。
そのまま一緒に窓の外を眺める。
「レオの中では、私はまだ子供なのね」
「いえいえ、最初から素敵なレディーでしたよ」
レオの頭を見下ろす。綺麗な銀の巻き毛を後ろで一つに纏めている。これは、私が10歳の頃にレオが「俺の髪は天然の巻き毛なんですよ」と言ったので、見てみたいとせがんだら、それ以来ずっと伸ばしてくれている。
その髪を撫でたら、レオは嬉しそうに笑った。
「姫ちゃんのなでなでは癒されるなぁ‥‥夜は眠れそう? メイジーに来て貰う?」
「ううん、大丈夫よ、レオ。ありがとう、大好きよ」
そうお礼を言ったら、急にレオがよろけた。驚いて彼にしがみつく。
「姫ちゃん、急にそんな告白されたら、俺のハートが危ないから‥‥若に知られたら氷漬けにされそう‥‥いや、氷なら俺は大丈夫か」
いやぁ、でも魔法で若に勝てる気がしないな、メイジーも参戦しそうだしな‥‥との呟きに笑ってしまう。
私の騎士はいつも優しい。




