3-10 大人の階段2
誕生日パーティー前夜、お母様が私の部屋を訪れた。
「リーディア、結婚おめでとう。少し早くなったけれど、二人が結ばれて嬉しいわ」
「ありがとうございます、お母様」
室内にはメイジーも残っている。彼女はいつも私が入浴を済ませて寝る準備が終わるまで側に居てくれる。
でも今日はもう退出していいわと声をかけようとしたら、お母様がそれを遮った。
「お待ちなさい、メイジーにはまだ居てもらわないと」
「なぜですか?」
私の隣に座っていたお母様は、居住まいを正した。
「あなたの礼儀作法や所作については先生から評価して頂いているけれど、結婚するにあたり、母である私から伝える事があります」
「と、言いますと‥‥?」
「夫婦の閨の作法についてです」
「ふうふのねや‥‥」
自分で言って頬が熱くなる。私も全く知らない訳ではない。趣味の観劇で恋人同士がベッドに倒れた後に暗転するのを見たり、“綾”の世界では情報が溢れていて、より具体的なものを知ってしまったりもあった。
「学園を卒業するまでは何もない筈ですし、基本的にはディランに任せておけば大丈夫ですが、簡単に説明しておくわね。それを聞いた後に軽くメイジーにも実践で教えて貰うといいわ」
「え?‥‥」
私の戸惑いを流し、お母様は淡々と話し始めた。“綾”の世界と違う所は、魔力持ちの二人が交わった場合、無意識のうちに微弱だけど自分の魔力を相手に流してしまうらしい。
と言うか、急すぎて頭に入って来ないわ。
「ではメイジー、後はよろしくね」
「かしこまりました、奥様」
メイジーはケープを外してジャケットを脱ぎながら私に告げる。
「では姫、ベッドまでご足労いただけますか?」
「え?」
状況について行けず混乱して動けないでいると、彼女に横抱きにされ、ベッドの上に優しく降ろされる。
薄いシャツ越しのメイジーの身体は鍛えられているのがよく分かった。
「失礼します」
顔の両脇に彼女が手をつき、上からアイスブルーの綺麗な瞳で見つめられたので、思わず胸を押し返した。
「あらっ、メイジー、胸が‥‥」
さらしを巻いているとは言え、私の手のひらには硬い感触しかない。
「ああ、私の胸はほぼ筋肉なので、女性らしい柔らかさはないのですよ。ご覧になりますか?」
私は顔を左右にぶんぶん振った。メイジーはふっと笑う。近すぎて彼女の顔の繊細な造りがよく分かる。この中性的な美貌は、女性の大半が好きになっちゃうわ。罪作りだわ。
両手で全力で押し返しているのに、彼女の身体は全く動かない。やがて、メイジーが右手を浮かせて私の左手を取り、その指に口付けた。
「姫、私とは嫌ですか?」
少し憂えた表情の破壊力がものすごいわ。焦って言葉を探す。メイジーが私の耳に付いている彼女のイヤーカフをそっと喰んだ。
「え、えっと嫌とかではなくて、メイジーもお母様に頼まれているからお仕事として実践しているのは分かってるんだけど‥‥!」
あーもう本当に!
顔と言うか、全身が真っ赤になる。
「メイジー、私には刺激が強すぎるしまだ早いわ‥‥」
恥ずかしくて消えちゃいそう。両手で顔を覆いぎゅっと目を閉じると、暫くして衣擦れの音と共に気配が遠ざかる。
「では、奥様には基本の体位をお教えしましたとお伝えしておきます。まあご存知なくても、あの方となら大丈夫でしょう」
指の間からゆっくり目を開くと、メイジーが上着とケープを身につけて扉へ向かうところだった。
「メイジー、お仕事だったのに恥ずかしがってごめんなさい」
起き上がりそのすらりとした背中に声を掛けると、彼女は振り向いて微笑んだ。
「お気になさらず。私は姫のその表情が見られただけでも満足です‥‥卒業までには時間がありますし、確認したくなったらいつでもお声がけ下さい。では失礼します」
彼女が退出した後、精神力が尽きて枕に突っ伏した。
お母様、よりによってなぜ今夜なのですか?
明日の誕生日パーティーでは、お兄様にずっとエスコートして貰う予定なのに、私、平常心で居られるかしら?‥‥




