1-2 お兄様の涙
「リーディ!‥‥大丈夫?」
泣き腫らした目の天使、いやお兄様が気遣うようにこちらを覗き込んでいた。
「ごめんね、僕がもっと気をつけていたら‥‥!」
後悔に顔を歪ませてまた涙が零れる。
ああ、私、助かったのね。
えっと、そもそも私が二人でボートに乗りたいって言ったんだし、急に立ち上がったのも私だし‥‥
視線だけでなく顔もお兄様の方に向けようと思ったのだけれど、体が怠くてなかなか動かない。熱があるようだった。
それに気付いたお兄様がそっと手を貸してくれる。側にはお母様も居て、ゆっくり頭を撫でてくれた。視線をお兄様に戻す。
「湖からはすぐ助けられたんだけど、身体が冷えてしまって風邪を引いたんだ。こんな事になって本当にごめん」
「‥‥お兄様」
掠れた声が出た。うん、とりあえずこれだけは伝えなくては。
「私は大丈夫よ。風邪が治ったら、また一緒にお散歩してね?」
にこっと笑ってみた。優しいお兄様にも笑顔になって欲しかった。
先程の夢で見た乙女ゲームの中の悪女リーディア・カリスは、この事故をずっと引きずっており、婚約者である兄のディラン・カリスをことある毎に縛り続けていた。
ただの夢なのか、前世なのか、予知夢なのかまだ判断できないけれど、“綾”と呼ばれていた異世界の私も、今の私もディランお兄様が大好きなのは間違いない。
だから、私の中ではお兄様の幸せが最優先事項なのだけれど。
あのゲームの主人公とこの天使のようなお兄様が結ばれる未来が来るのは本当なのかしら‥‥?