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カリス公爵令嬢は幸せになりたい  作者: 成海さえ
第四部 魔法学園三年生(17歳)の冬〜春
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Ⅳ-13 フェアバンクス男爵2

「おお、本当だな。水の位置が低くなっておる‥‥レオ、原因は分かるか?」


 男爵はレオに尋ねていたけれど、この場にいる男爵以外の全員が、レオの仕業であると知っていた。


「それでしたら、私の友人の精霊が詳しいので聞いてみますね」

「さすが姫君。どうかお願い致します」

 男爵の了承を得て、私は息を吸い込んだ。


「親愛なる青き隣人、水の精霊ナイアードよ‥‥リーディア・カリスの名に於いて、その召喚に応えよ!」


 空間が震え、水の泡が幾つも生まれてやがて一人の精霊を形作る。男爵邸の肖像画そっくりの、美しい水の精霊だった。


 男爵は一目見て分かったようだった。女性の方も、大きな瞳でじっと見つめ返している。

 大丈夫そうなので、私達はそっとその場を離れた。メイジーに客室まで案内してもらう。


「どうなるでしょうか? あの二人」

 ルディが後ろを振り返りながら呟く。


「さあ、お祖父様はしつこいから、何らかの確約が取れないと解放しないのではないか?」

「でも、精霊だったら人間なんて簡単に振り切れますよね?」

「それをしないのが愛なんだよ」

 レオが言った。


 私はお兄様の手を握る。お顔を見上げたら、微笑みかけられた。嬉しくなった私も笑顔で繋いだ手を前後に振った。




 夕方、食堂へ行くと、お二人が仲良く座っていらした。お祖母様の方が、たまに会いに来ることで調整がついたらしい。


 精霊にも色んな性格があり、人間を嫌って精霊界に引きこもる方もいれば、人間に興味があって地上に仮住まいを持っている方もいらっしゃるのだそう。お祖母様は後者ね。


「あの泉と周辺の土地を買い取っていて良かったな、じいちゃん」

 レオの言葉に、お祖父様は大きく頷いた。


「そうだな、僕もあの土地だけは手放したくなかったんだよ。でも美しい景観はみんなと共有したくて開放していたのだが‥‥その結果がこれだ」


 二人は見つめ合って微笑んだ。


「僕は今幸せだよ。この気持ちをどう言葉で表せばいいのか‥‥一言では終われないな」


「もう十分伝わっていますから大丈夫です。夕食の準備ができたようなので、料理を運ばせますね」


 メイジーがそう言って、使用人と一緒にさっさとセッティングを済ませる。


 そうして、昔話を聞きながらの楽しい夕食が始まった。主にレオとメイジーが子供の頃のお話だった。


◇◇◇


 夜、お兄様と部屋で二人になる。


「そう言えば、アレン様はどうなったの?」


 誰も教えてくれないので聞いてみた。綺麗な青い瞳が私を見つめる。


「お咎めなしとはいかないからね‥‥家督を弟に譲り、エストリアと関わりの少ないペンタクルス領でシリルと一緒に公爵の補佐をするそうだよ」


 お兄様の手が私の頬を撫でる。

「アレンを、恨んでる?」


「ううん、アレン様も被害者だもの。それに、学園で一緒に過ごしていた時の様子も知っているから‥‥今頃、とても後悔している筈だわ」


「人は変わるけどね。以前はそうでも、今はどうか分からない。あの事件のせいで君の命が危うくなったのに、僕はまだ許せないな」


 厳しい批判だわ。けれど、私を想っての発言なのよね。お兄様の手に、そっと触れる。


「私は、ディラン様の妻で居られるだけで幸せよ」

 側に居るだけじゃなくて、妻で居たいのは私の本音だ。


「うん、僕も君の夫でいたい」

 お兄様に抱き寄せられた。話題を変えたくて、レオとメイジーの子供の頃の話をしてみる。



『メイジーって、子供の頃からお人形さんみたいに綺麗だったのね』


 肖像画が残っていたので、夕食時にお祖父様から見せていただいた。そこにはドレスを着て長い髪を綺麗に整えた美少女が描かれていた。


『ああ、でもこの頃からですよ、こいつが騎士を目指したの』


 レオとお祖父様が思い出話をしてくださる。

 10歳になり、メイジーがレオと魔法の訓練を受けにカリス騎士団の訓練場に通っていた時だった。


 真面目に訓練を受けていたメイジーは、思春期を拗らせたような貴族の男児数名に囲まれてしまう。

 レオが離席しており、一人だった彼女は淑女らしく言葉でやり過ごそうとしたけれど、男児の一人が手を出しメイジーを突き飛ばしてしまった。


 地面に倒れ手を付いたメイジーを、気付いた騎士達とレオが慌てて助けたけれど、怒ったメイジーはそのとき悟ったのだそう。


 “力は正義なり”


『それからメイジーは人一倍訓練に励んでいたね』

 お祖父様の言葉にレオも付け加える。


『模擬戦ではあいつらをボッコボコにする事も忘れなかったけどな』


『養父の僕も何度か呼び出されたな‥‥まあ、父親の名を出すと大抵は納得してくれたが』


 ルディは“メイジーさんって、子供の頃から強かったんですね”と嬉しそうだったけれど、当のメイジーはそっぽを向いていた。




「メイジーも、あの事件が無かったら騎士を目指してなかったかしら?」

 お兄様に聞いてみる。


「どうかな、父親と兄が騎士だから、いずれは騎士になってたんじゃない?」


「私は、護衛騎士がメイジーで良かったわ」

「ふふ、そうだね。君はメイジーも好きだからね」

 ん? 一応、念を押しておこうかしら。


「私はディラン様が大好きよ」

「うん、ありがとう。僕もだよ」


 囁いてキスされる。目を閉じて、深くなる愛情を受け止めた。

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