Ⅳ-12 フェアバンクス男爵1
「では、俺は先にじいちゃん家に行ってますね」
そう言い残してレオが馬を走らせる。
泉で出会った精霊は、レオとメイジーのお祖母様だった。人間の子を産んだ後に、精霊界で身体を休めていたら、人間界の時間で20年ほど経っていたそうだ。
人間にはあまり関わらないように言われているし、彼には会いたいけれど、今でも自分の事を覚えているか不安で邸宅まで尋ねる勇気がないと言うことだった。
それで、たまにあの出会いの泉でお祖父様が通りかかるのを待っていたのだそう。
「宿の予約を解約しました。キャンセル料は支払いましたので、出発しましょうか」
メイジーが戻って来たので、馬車に乗り込む。
「わあ、メイジーさんのお祖父様ってどんな方なんだろう? 楽しみだなぁ」
外からルディの弾んだ声が聞こえた。
「ただのお喋りな成金だ」
メイジーが馬に跨り、先導する。
このままカリス領のフェアバンクス男爵の邸に向かい、一泊させて頂く予定だ。
「どうなるかしら?」
馬車に揺られながら隣のお兄様に聞いてみる。
「レオの説明では、男爵は絶対覚えているそうだからね。これまでずっと独身でいらっしゃるし‥‥後は、本人達次第かな」
お兄様も、転生した後も私を覚えていて下さったものね。
嬉しくて彼の手に自分の手を重ねたら、思いが伝わったのか笑顔でキスされた。
フェアバンクス男爵邸は、成金と言われているのが納得できるくらい大きなお邸だった。
玄関前には、レオとその隣にご高齢の男性が立っていらした。
馬車が止まり、レオが手をあげる。
「姫ちゃ‥‥」
「おお、貴方がレオとメイジーの姫君でございますね? お美しい方だ‥‥ようこそ我がフェアバンクス男爵邸へ!」
レオの言葉を遮って前に出たのは、お祖父様だった。馬車の窓越しに話しかけていらっしゃる。
「若君様もようこそ! 一泊と言わず、時間が許すならいつまでもご滞在されて構わないのですよ、ははは!」
ルディがドアを開けてくれたので、彼の手を取って降りる。お祖父様は、嬉しそうにニコニコ笑っていた。今も素敵なお祖父様だけれど、若い頃は女性の羨望を集めていたのが想像できるわ。
「突然の訪問お許しください。お世話になります」
お兄様の挨拶に頷き、玄関へ招いてくださった。
「お疲れでございましょう、まずは異国のお茶でも如何ですかな? その間に部屋の準備もできましょう」
お祖父様がずっとお話ししながら先導しつつ、執事が玄関の扉を開けてくれる。
室内に入ってまず目についたのは、若い女性の大きな肖像画だった。レオ曰く、画家に特徴を伝えて描かせたものらしい。本当にあの精霊に似ているわ。
「おお、お気付きになられましたか? こちらは僕の妻なのですよ、美しいでしょう? 訳あって別居しておりますが、僕は今でも愛しているのです」
「ずいぶん前に別居されたと伺っていますが‥‥」
話しかけたら、男爵は優しい笑顔で頷いた。
「僕は、妻を忘れた事などありません。あんなに美しい人に出会ったのは、僕の人生の中で最初で最後です」
「ちょっとじいちゃん、俺の姫ちゃんもめちゃくちゃ綺麗だっつーの」
「おお、済まんな。だが、森の泉で妻と出会った時の感動は、一言では表せないぞ? そうだな、例えるならば、長い冬が終わり可憐な野花が咲いている様を見た時のような、もしくは何の色味も無かった世界が急に色づき始めたような‥‥」
「お祖父様、主人を立たせたままなのは感心しません。お茶の準備が出来ましたので、客室へお入りください」
メイジーが声をかけてくれたので、玄関から室内へ移動できた。
「‥‥と言うわけで、息子も孫も全員騎士になってしまったので、僕の事業を継いでくれる者を探しているのですよ」
その後も男爵のお話は続いており、しばらくして邸の設備を点検すると言う名目で外へ出ていたレオが戻って来た。
「じいちゃん、井戸の調子が悪いみたいだけど‥‥水の量が減ってない?」
「そうか、最近は点検してないからな‥‥水魔法が使える使用人がいない時しか使っておらんし」
男爵は立ち上がる。
「ご歓談中に申し訳ない。ちょっと井戸の様子を見てまいります。若君様はここで休んでいて下さい」
「いえ、僕達もお役に立てるかもしれないので、一緒に行きます」
お兄様が席を立ち、私もそれに倣った。




