Ⅳ-11 デート
今しか見られない絶景ポイントがあるそうなので、お兄様と訪れる事にした。
そこはカリス領の外れの私有地だけれど、一般にも開放されているらしい。
当日は辺境伯領との境目にある街まで馬車で行き、その先はお兄様と二人で馬に乗って観光する予定だ。
防寒のためもこもこになった私へ、馬上からお兄様が手を伸ばす。
「はい、おいで、リーディア」
普段はあまり見られないお兄様の乗馬姿に、白馬に乗った王子様って本当に居るのねと感動してしまう。
「姫、抱えますよ?」
メイジーはちょっと笑って、見惚れていた私をひょいと持ち上げて馬に乗せてくれた。
「ありがとう。では、行って来るわね」
「行ってらっしゃいませ」
「姫ちゃん、楽しんで来てね〜」
「お帰りをお待ちしています」
本日宿泊予定の宿屋の前で、護衛の三人と別れた。
最初はカリスの街へ向けて街道沿いに馬を走らせ、左側に深い森が見えたら、その小道へ進む。小さな標識には“逢瀬の泉”と書いてあった。
私もここへ来るのは初めてだ。街道を外れて森へ入らないといけないので、入学前の辺境伯城滞在中は近寄った事がない。
「ここだね」
お兄様は馬を降り、私を抱えて降ろして下さった。
泉と言っても学園の中庭ぐらいの大きさがあり、深い森の木々がその上だけは葉を休ませ、明るい日差しが差し込んでいる。淡い霧は霧氷となり、樹木や苔の上に白い花を咲かせていた。
透明度の高い泉を覗き込むと、水の底にもお花が咲いている。
「綺麗ね、本当に精霊が住んでいそうだわ」
「そうだね」
お兄様と手を繋ぎ、しばらく景色を眺める。お城に戻ったら、アルマにも教えてあげよう。
「人が居ないわね」
辺りを見渡しても、私達だけだった。
「この辺りだけじゃないけど、たまに盗賊が出るからね‥‥最近は、エストリアの件もあったし」
カミラ様の馬車が襲撃された事件は、表向きは盗賊の仕業だと処理されていた。その後、国境付近の取り締まりが厳しくなって、以前に比べるとかなり被害が減ったらしい。
「あら?」
よく見ると、対岸にフードを被った女性が一人確認できた。彼女はしゃがんで、冷たい水に指を浸している。どうしたのかしら?
お兄様を見たら、同じく女性に気付いたようだった。
「近くに馬もないし、コートを着ているけれど、中は軽装みたいだし‥‥」
そう言いつつ私をご覧になる。
「こんな場所に女性一人で困っているのかもしれないわ。話しかけていい?」
「‥‥僕も行くよ」
お兄様の風魔法で近くまで飛び、足音を立てながら近寄る。
「あの、何かお困りですか?」
鼻歌を歌っていた女性は、こちらに顔を向ける。透明感のある美しい容姿で銀髪、瞳は青く輝いていた。色で言えばカリス家だけれど、傍系にもこのような方はいらっしゃらないわ。
「心配してくれるのね、ありがとう。困ってはいないけれど、あの人がまた通らないかしらと待っているの」
「あの人とは、どなたですか? 恋人とか?」
女性はゆっくり立ち上がる。指はもう濡れていなかった。その神秘的な瞳が伏せられる。
「恋人ではないわ。けれど‥‥私、あの人の子供を産んだの」
私はお兄様と顔を見合わせる。恋愛事情は人それぞれだし、第三者が安易に踏み入るものではないわ。
「そうですか、ここは思い出の場所なのですね‥‥寒いので、夕方になる前にお家に帰って下さいね。もし宜しければ、近くまでお送りしますよ」
女性の輝く青い瞳が私を捉えた。
「人間は、私の邸には辿り着けないわ‥‥それよりも、ねえあなた、私のあの人が今どうしているか知らないかしら?」
この方がもし精霊ならば、自由に会いに行けそうな気もするのだけれど、制限でもあるのだろうか?
「その大切な方のお名前は分かりますか?」
そう尋ねながら、どこかで同じようなお話を聞いた事がある気がした。
水の精霊と人間の子供、泉のほとりでの出会い‥‥‥‥あっ!
私はお兄様を見た。頷かれる。
「もしかして、その方のお名前は、イーサン・フェアバンクスではありませんか?」
レオとメイジーのお祖父様の名前を出すと、女性は頷いた。
メイジーの祖父と精霊の出会いは、こちらで書いています
第一部 2-8 メイジーの秘密
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