Ⅳ-6 試練2
外気に晒された肌が焼けるように熱い。
起き上がってすぐに耐炎の膜を張る。足元を見ると硬い大きな一枚岩の上に立っており、その周りを溶岩のような熱い炎の塊が流れていた。
前回のように、精霊王の使者様がいらっしゃるのかと姿を探しても、何の気配もない。
緊張で手と足が震えるけれど、今やるべき事を見定めようと更に辺りを観察した。
「‥‥!!」
足首に何かが絡まる気配がして、悲鳴を飲み込む。青い毛並みの猫が、ふさふさの尻尾を揺らしていた。
「使者様! 大丈夫ですか? 危ないですよ」
私は猫を抱き上げた。使者様は金色の瞳で瞬きする。
「にゃあ」
着いて来てしまわれたのかしら‥‥炎の試練に水の精霊が同席していても大丈夫なのだろうか? 更にお怒りをかってしまいそうだわ。
「使者様、お邸に戻れますか? ここは危険なので、お家で待っていてください」
そう言い聞かせても、使者様は私の震えている手に頬を擦り寄せるだけだった。両手は使えるようにしておきたいので、騎士服の上に羽織ったマントのフードの中に入れてみる。見かけほど体重がないので、重くはなかった。
改めて辺りを見渡す。不穏な曇天、緩い傾斜の山の中腹に居るらしかった。遠くには緑も見える。
とりあえず、この山の頂上を目指してみよう‥‥そう思った時だった。爆発音が響き、上から熱い炎の塊が飛んで来た。咄嗟に水魔法で壁を作って防ぐ。水蒸気が舞った。
『乙女よ、その覚悟を示せ!』
怒りを含んだ声が空気をふるわせ、炎に囲まれる。その力に抗いながら対策を考えようとするけれど、生理的な恐怖で思考も止まりそうになる。背後から猫の鳴き声がして、ようやく我に返った。
前回のようにわかりやすい敵が居る訳でもなく、謎解きでもない。炎の精霊王はご立腹で、その原因はこちらにあるのだから、まず謝罪しなくては。
「此度のこと、誠に申し訳ございませんでした。アルカナを代表しまして心よりお詫び申し上げます! もう二度とこのような、約束を違えるような事は致しません!」
声を張り上げるけれど、炎の攻撃は止まない。謝罪の言葉は受け取って頂けないようだ。背中の使者様が巻き込まれないか不安になる。
「使者様、お願いですから、私から離れて下さい。危ないので、お家へ帰って下さい」
フードから使者様を取り出し、言い聞かせるようにゆっくり話しかけた。そうして、攻撃が止んだ隙に風魔法で遠くの空へ放りなげる。青い猫は空中で一回転して、こちらを向いて止まった。
すると、周りを流れていた溶岩の中から火柱が数本立ち上がり、大きな蛇の姿を取った。以前は同族で味方だったそれらは威嚇するように炎を吐いている。
水の古代魔法だったら倒せるかしらと考え、呪文を唱えようとしてやめる。
例え運良くこの精霊を倒せたとしても、炎の精霊王は私達の謝罪を受け入れて下さるかしら? とてもそうは思えないし、私は戦いに来たのではないわ。
何度も読んだシリル様の冊子を思い出す。謝罪の言葉だけでは足りないと言うのなら、後私に出来るのは、自己犠牲くらいだわ‥‥
覚悟をしてその場に跪き、頭を垂れたまま告げた。
「もう抵抗は致しません。どうか怒りをお鎮め下さい」
耐炎の魔法と、それに重ねていた水の防御魔法を解く。肌が燃えるように熱かった。
意識が飛びそうになるけれど、何とか耐える。
最後に見たのは、炎が一斉にこちらへ向かって猛攻する光景だった。
自分の力を信じて頑張ってみたけど、だめだった、のかしら‥‥
‥‥お兄様‥‥ごめんなさい‥‥




