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カリス公爵令嬢は幸せになりたい  作者: 成海さえ
第四部 魔法学園三年生(17歳)の冬〜春
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Ⅳ-4 前々夜

 邸に戻ってもみんな無言だった。帰り際にお父様とお祖父様から“試練には行かなくていい”と何度も念を押されている。

「では、また明日」

 レオとメイジーが帰宅し、ルディも使用人棟へ戻って行った。



 準備を整えて寝室へ行くと、お兄様は既にソファーに座っていらした。


「リーディア、おいで」

 招かれたので、いつものように膝の上に座る。

「ディラン様、」

 話しかけたら、それを遮るようにお兄様の声が重なった。


「リーディア‥‥僕は、君が一番大事だよ」

「私もよ」


 彼の瞳は、色んな青が内包されていて、いつ見ても綺麗だ。


「ディラン様が大事だから、守りたいの」


 そう告げたら、綺麗な青が水に濡れた。


「僕は‥‥そんなこと望んでない」

「分かってるわ」


 だけど、陛下が仰ったように、王家や公爵家の令嬢の中で、精霊力の面で一番の適任者は私だと思う。

 それに、カミラ様も政略結婚の相手がルシファー様じゃなくても、この国の為に嫁いだと思うの。そう言う役割なのよ。


「でも、行きたいの」


 お兄様なら、私がどんな結論を出しているかなんて分かっているはず。


「今度の試練は、前回よりも厳しいものになるよ‥‥僕は、‥‥」


 お兄様の目元を寝衣の袖で押さえる。その手をぎゅっと握られた。


「リーディア、行かないで」


 声が震えている。お兄様の希望を叶えられないのは、とてもつらい。だけど、ここで弱体化した他の令嬢を送り出したら、私はすごく後悔する。


「ディラン様、今まで何度も危険な目に遭って来たけれど、私は切り抜けられたわ。だから、今回も大丈夫よ」


「絶対はないよ。無事に戻って来られる保証もない」


 私は両手でお兄様の頬を挟み、安心して貰おうと微笑んだ。


「じゃあ、これを最後にして貰うわ。試練を終えたらカリス辺境伯城に引きこもって、もう二度と神殿や王宮には関わらないの。それでどう?」


 しばらく見つめ合う。私が笑顔のままなのを見て、お兄様が諦めたように息を吐いた。


「‥‥‥‥僕も、官吏辞めようかな。仕事ならお祖父様に辺境伯の政務を教えて頂けるよう頼んでみるよ」


「そうね、ディラン様なら何でもそつなくこなすから、どんなお仕事でも問題ないわね」


「でも、君の説得には失敗しているよ」


 それは、失敗と言うよりも、お兄様が折れて下さったのだわ。

 まだ彼の頬を手で挟んでいたので、しょんぼりしているお兄様に口付けた。


「ごめんなさい、ディラン様」


 それを受けて、彼は少し笑って思い出すように話す。


「ルイス殿下は、思い止まったかな?」


「もう冷静になられているんじゃない?」


 ルイス様は、会議後に“こうなったら、私が乙女になって試練を受けるよ。報酬を払えば人間の性転換をしてくれる悪魔を探してみるから”と本気の顔で宣言して、周りの皆に“さすがにそれは無理でしょ”と突っ込まれていた。


 お兄様に抱き寄せられたので、手を離す。


「乙女の定義がさ、曖昧なんだよね‥‥神殿側が言うには、20歳未満で子供のいない女性で、婚姻の有無は問わないとかさ‥‥子供、作っておけば良かった。君が学園を卒業するまではと思っていたから」


 私は後悔しているお兄様の背を撫でた。


「カリスの辺境伯領に行ってから、ゆっくり育みましょう?」


「うん‥‥そうするよ。でも、リーディア。気が変わって試練に行きたくなくなったら、いつでも言って。父上やお祖父様と相談して、何とかするから」


「分かったわ‥‥あ、使者様の所に行って来てもいい?」

「そうだね、僕も行くよ」



 私はお兄様と一緒に温室を訪れた。昼間と違い、魔法石の柔らかな光が足元を照らしている。ガラス張りの天井からは星空が見えた。


「使者様、いらっしゃいますか?」


 声をかけたら、お返事がある。お姿が見えたので、私とお兄様はお辞儀をして迎えた。


「ええ、こちらに‥‥わたくしの乙女、決心をしたのですね」


 使者様はいつものように微笑んでいた。やはり、何が起きているかご存知なのね。


「はい、炎の試練に挑んでまいります」


「そうですか‥‥あなたの運命に、神の救いがある事を祈っていますよ」


「ありがとうございます」


「使者様、一つ質問をしてもよろしいですか?」

 お兄様が話しかける。


「ええ、何でしょう」


「使者様は傍観者と言うことでしたが、それは今回も適用されるのですか?」


「そうですよ。それが水の精霊王の御意志なのです」

 お兄様は何かを考えるように目を伏せた。



「使者様にお願いして、炎の精霊王のお怒りを解くと言う訳にもいかないか」

 手を繋いで寝室に戻る途中で、お兄様が呟く。


「官吏が言ってたように、一昨年の年末の、あの事件でも手を出されなかったし‥‥うーん、こっち方面は無理なのか」


「ディラン様、色々考えて下さってありがとう‥‥今夜は、もう寝ましょう? 明日から忙しくなるわ」


 寝室に戻り、二人でベッドに入る。お兄様にぎゅっと抱きしめられた。


「僕は、どんな状況になっても君を諦めないから」

「ええ、ありがとう」


 そうして、目を閉じた。


*補足*

子供の有無が乙女の条件に加わっているのは、(この世界では)女性が妊娠すると、心と身体が乙女から母になるためと言われています。

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