Ⅳ-2 抗議
捕えられたアレン様は尋問を受けても同じ言葉を繰り返すだけで、まともに会話ができない状態だった。
その僅かな情報と、周りの証言と、他方面からの調査で去年の秋頃から悪魔との接触が始まったのではないかと推測できた。
「あまりにも人格が違いすぎてるからさ、ディア姉様、念の為にちょっと見て貰ってくれないかな?」
ルイス様にそうお願いされたので、使い魔のレヴィを呼び出して依頼する。
王宮内で拘束されているアレン様を観察して悪魔が戻り、待ちかねたルイス様がお出迎えして尋ねた。
「レヴィ、アレンの中身が入れ替わっている可能性は?」
「無いな。器と魂は合致している。ただ、悪魔に洗脳された名残りであのような状態になっているだけだ」
「えっ、洗脳されてたの?」
「そうだ。何回かに分けて、徐々にな」
プロテア宮のルイス様の私室で、私達はお茶を頂いている。後ろには、いつものように三人の騎士が控えていた。
「ううーん、一時期は元に戻ったように見えたんだよ。だから邸に帰してあげたのがまずかったなぁ‥‥あれは演技だったのか。まさかあんな事になるなんて‥‥」
後悔しているルイス様の代わりに聞いてみる。
「レヴィはアレン様を元に戻せるかしら?」
それを受け、彼は血のように赤い瞳を考えるように横に流す。
「まあ無理だな。洗脳した悪魔は、馬車を襲撃した時点でパイモンに瞬殺されたそうだから‥‥どの程度回復するかは分からぬが、時間が解決するのを待つか、若しくは天使を扱える人間に頼むかだな」
「分かった。ベネット閣下に連絡を取ってみるよ」
「それよりも、襲撃に激怒したエストリアの皇帝が、魔界を通して直接精霊王に抗議したらしいぞ? そちらは良いのか?」
赤い瞳は楽しそうに私達を映す。
「えーっ、そんな手があったの? 凄いねエストリアって」
ルイス様は感心しつつ頭を抱えた。
「よりによって、主犯が精霊王の血を引く公爵家の嫡男だからなぁ‥‥止められなかった私達も含めて、これはアウトだろうなぁ」
「でも、レヴィはなぜそこまで詳しいの?」
尋ねたら、執事姿の使い魔は笑いながら話す。
「この件は、イブリン様がベルさんを使って単独で調査している。魔界の上層部もこの話題でもちきりだからな‥‥エストリアの皇帝に懸想したサキュバスが、皇后に成り替わろうとして失敗したと」
「いや、それなら悪いのはその悪魔であって、アレンも利用されたんだったら被害者の方じゃない?」
「炎の王子が馬車を襲ったのは事実だし、パイモンがその王子も斬ろうとした際に、命乞いをしたのがカミラ皇后だったそうだ。サキュバスは性的な誘惑が得意ゆえ、炎の王子にも皇后の姿を使って洗脳したのだろう。それも気に入らなかったのではないか?」
皇帝陛下はカミラ様を溺愛していらっしゃるから、偽者でも愛する妻と大人の関係があったと主張するアレン様を許さないだろう。
「カミラ姉様も胸を痛めてるだろうな‥‥あんまり負担かけたくないんだけど」
アレン様とは幼馴染でいらっしゃるし、学園でも仲良くされていたから、このような事態になってお辛いだろうなと思う。
でも事実は変わらないので、これから何をすべきか考えないと。
「とりあえず、アレンが現行犯で捕まっているし、エストリアにはすぐに謝罪しているよ。それを汲んで彼が絡んでいる件は公にしないと約束して下さったけれど、何らかの形で決着をつけないとと議論してたんだよ‥‥向こうの行動の方が早かったなぁ。でも、戦争になって上級魔族から袋叩きにされないだけ良かったと思うべきなのか‥‥」
ルイス様はため息をついた。
「炎の精霊王は、よく言えば情熱的でいらっしゃるけど、他の方に比べて気性が激しいらしいから‥‥正直心配」
何か知らないかしらとレヴィを見たら、彼は肩をすくめた。
「俺は直接会ったことないからな。主の命令ならば炎の精霊王に会いに行ってもいいが、悪手だろうな」
「だよね、これ以上刺激しない方がいいね。とりあえず、神官には御神体がある各神殿の奥の間で祈りを捧げて貰うとして‥‥後は、今出来ることをしながら待つしかないね」
実際にどうするか決めるのは、陛下はじめ国の重鎮の方々だから、私達は結論を待つしかないわ。
使者様にも聞いてみたけれど、“炎の精霊王のお考えは分かりかねます”とのことだった。
その数日後、炎の中央精霊神殿に神託が下った。




