番外編1 中身ベイリー嬢だった時のリーディアの行動(メイジーの手記)
これは、姫の体が乗っ取られた際の数日間の記録である。
12月11日
朝、カリス小公爵邸へ出勤すると、既にディラン様は王宮へ出立されたとルディから報告があった。
「何故か全身に鳥肌と蕁麻疹が出たそうで‥‥何かの感染症だといけないので、王宮の医師に診てもらってから仕事に就かれるそうです」
「分かった。姫の様子は?」
「お嬢様は特に異常ありません。今、お支度をなさっています」
姫の私室に入ると、アルマさんとの会話が聞こえた。
「こんなにスタイルが良いんだったら、もっと身体のラインが強調される服を着たいわ」
「まあまあお嬢様、制服は変えられませんので、我慢なさいませ」
「おはようございます、姫」
「おはよう、メイジー‥‥ルディは居るかしら?」
「はい、部屋の外に控えておりますが」
「呼んできて貰える?」
姫はルディにエスコートを申し付け、しかも腕に軽く手を添えるだけではなく、品悪く腕を絡ませていた。
「えっお嬢さま? そんなに近いと、若が何ておっしゃるか‥‥」
「だってディラン様は居ないじゃない? それよりも、ルディって子犬みたいな可愛い顔なのね。そう言う系統の子も好きよ」
ルディが困る様子を見て、姫は楽しそうに笑っていた。
「リーディアお姉様、おはようございます」
「おはよう」
学園の昇降口でワンズの双子姫の挨拶を余所見をしながら受けている。誰を探していらっしゃるのだろうか?
「ディア姉様! おはようございます」
遅れて王太子殿下が駆けて来られた。元々中性的な方だったが、騎士コースに進まれてからは、体のつくりもしっかりして来たように思う。
「ルイス様ぁ、お待ちしておりました!」
姫はそう言って、殿下の腕を絡め取り、寄りかかる。その奇行にワンズの双子姫が若干引いていた。
「えっ、ディア姉様どうしたの!?」
いつもと違う姫の行動に、殿下も慌てている。
「このまま教室まで送って下さいませんか?」
至近距離の上目遣いでお願いされて、殿下の耳が少し赤くなっていた。
「姉様のお願いなら何でも聞くけど‥‥」
「まあ嬉しいわ。今日はずっと殿下と過ごしたいくらいです」
そんな会話をしながら通り過ぎる。私も双子姫に礼をして後を追った。
あんなに頑張っておられた授業も、実技はもれなく見学だった。座学も気分がすぐれないとかで、途中で退席している。
放課後は王太子殿下の馬車でプロテア宮に寄った。馬車の中でも、積極的に殿下に話しかけていたようだ。
「ディラン様にお会いできないかしら?」
その依頼を受けてレオに連絡を取ってみたが、都合が悪いと断られる。気分を害したような表情になった姫は、すぐ隣の王太子殿下にもたれかかった。
「ねえ殿下、ベネット閣下とお話ししてみたいのですが、取り計らって下さいません?」
依頼の仕方が娼婦のようだ。お願いを断れない殿下は、すぐに謁見の申し込みをして、受諾されていた。
「失礼致します」
宮殿内の客室は、長期滞在しているベネット閣下の為に、執務室のような内装に変えられていた。
「リーディア嬢、いらっしゃい。今日は何のご用かな?」
白い騎士服の閣下は仕事を中断して立ち上がり、好意的に出迎えて下さった。
「お忙しいところ、申し訳ございません。閣下にお会いしたくて‥‥」
控え目に微笑んでいる姫だが、謁見に応じるのが当然だと言う態度を隠しきれていない。
「ふふ、そう。掛けてください」
目の前のソファーを示されて、姫が腰掛け、その前に閣下も腰を下ろす。すぐに飲み物が用意された。どこでリサーチしたのか、姫のお好きなハーブティーだったが、それには言及しなかった。
「それで、何か聞きたい事でも?」
お茶を飲んでから閣下が問いかける。
「ええ、私、モンテネールに興味がありますの。閣下が普段どのような生活をされているのか、詳しくお聞きしたいわ」
それは、今閣下が手をつけている仕事を中断してでもする話題なのだろうか? と姫以外の皆が思っただろう。
だが閣下は気分を害した訳でもなく、青い瞳を姫に向ける。
「リーディア嬢は私に興味を持ってくれたのか、光栄だな」
「いつか、閣下と一緒にモンテネールを訪れてみたいです。その時は‥‥“あなたの聖痕を見せて下さい”」
周りがざわつく中、閣下はふと笑う。
「リーディア嬢‥‥それは貴方の本心かな?」
「ええ、もちろんですわ」
「恐れながら‥‥申し訳ございません、主人は体調がすぐれないようです」
私は割って入り、閣下に謝罪して姫を外へ連れ出した。
翌日も姫は学園へ登校したが、気分が悪くなったと言って早退しており、その後は邸の衣装部屋へ篭ってドレスや宝石を試着してまわり、都度ルディに見せて賞賛を受けていた。
夕方、レオが様子を見に邸に寄った。
「ベネット閣下の件、聞いたけど‥‥姫ちゃんの調子はどう?」
「ご覧の通りだ」
扉の向こうから、姫の高笑いが聞こえる。レオは眉をひそめた。
「明らかにおかしいな? あのワインに精神薬的なもんでも入ってたのか?」
「さあな? 鑑定には出してあるから結果待ちだ」
その後、姫からの手紙がレオに届き、私もそれを読んだ。僅かな文章から全貌がわかり、怒りで心が冷える。
「あいつ‥‥!!」
氷漬けにして海に沈めてやろうか。
「あれ、何か部屋の温度がどんどん下がってますけど‥‥」
白い息を吐きながらルディが腕を摩る。
「メイジー、落ち着け。姫の護衛を俺と替わるか?」
怒りが収まらぬままレオに目をやると、その横に立っていたルディが震えた。
「レオさん、魔王って居たんですね」
「ああ、俺達の目の前にな」
「うるさい。姫の護衛騎士は私だ」
何とか心を落ち着かせ、姿勢を正す。
その後はレオが悪魔と共に迎えに行き、姫は無事に戻る事ができた。
そして事件の数日後、学園の昼休みに王太子殿下が姫に話しかけていらした。
「ディア姉様、あの数日間は酷かったんだよ。私の気持ちを知っていて、弄ぶような事をするんだからっ‥‥!」
嘘泣きをしている。優しい姫は、自分が悪い訳でもないのに謝罪していた。
「わーん、ディア姉様っ」
殿下が泣きついて、姫はその頭を撫でていた。周りの公爵令嬢達は呆れている。私にも『わー♡良いにおい♡』とでも思っているであろう殿下の心中が容易に想像できた。




