III-33 閑話
「リーディア、おはよう」
朝目を覚ますと、大抵お兄様の方が先に起きている。
「おはよう、ディラン様」
何時かしらと時計を確認しようとしたら、先に彼の声が時間を教えてくれる。
「6時30分だよ。今日は休みだから、起きるにはまだ早いかな」
昨夜は遅くまで読書をしていたものね‥‥と目を閉じようとして思い直す。この時間だったら、そろそろお兄様の朝の鍛錬の時間なのでは?
頬にキスされて彼がベッドから出ようとしたので、私も起き上がった。
「一緒に行って見学してもいい?」
「うん、いいよ。寒くないようにしてね」
そう念を押され、コートと耳当てを身に着けてお兄様と邸の鍛錬場へ向かった。
「あれ、姫ちゃん今朝は見学なんですか? おはようございます」
「姫、おはようございます」
「お嬢様、おはようございます」
既にウォーミングアップを済ませた騎士達が私の周りに集まる。
「俺のカッコいい姿を見に来て下さったんでしょ? 嬉しいなぁ」
「若と一緒に居たかったからに決まってるだろ」
「メイジーさんの言う通りですよ、レオさんのその自信はどこから来るんですか?」
「だって俺、姫ちゃんに“一生大好き”って誓ってるから」
「それを言うなら、俺だってイヤーカフに“あなたは運命の人”って意味を込めてますよ」
「忘れているようだが、正式に姫の護衛騎士と認められているのは私だけだからな?」
「私はみんなの勇姿を見に来たのよ」
会話に割って入ったら、騎士達の士気が上がった気がした。ちょうどストレッチを終えたお兄様が合流して鍛錬が始まる。
その様子を眺めていたら、いつの間にか使者様が隣に立っていらした。
「おはようございます、使者様」
「おはよう、わたくしの乙女」
微笑みかけられると、心が温かくなる。これがいつもの風景で、幸せだなぁと思った。
「今日は変装するんだったよね?」
「ええ、そうよ」
午後からはカミラ様のお祝いの品を買いに街へお出かけの予定だ。まだ秘密事項なので、変装もして、お兄様の目立つ瞳は前髪で隠すようにしている。
商家の息子風の衣装を着ていても、お兄様の品の良さは隠せないのねと思いながら、着替えを手伝った。
夜、並んでソファーに座ってカミラ様の話をしていたら、お兄様が微笑んで仰った。
「君が学園を卒業したら、そろそろ僕達も子供の事を考えてもいいかもしれないね」
そう言えば、この邸に引っ越してから約2年だわ。
「そうね。でも子供は授かり物だから、いつ恵まれてもいいように準備だけしておく?」
お兄様は秘密を打ち明けるようにふと笑って告げた。
「あのね、リーディア。僕は水魔法が得意なんだ。だから‥‥いや何でもないよ」
「えっ、何それ気になるわ」
「ふふ、忘れていいよ」
私が身を乗り出して尋ねても、お兄様は笑って答えてくれなかった。なので、少し拗ねてみる。
「おいで」
そんな私を、彼はいつものように腕の中に招いた。
「愛してるよ、リーディア。機嫌をなおして」
好きな人にそんなお願いをされたら、断れないわ‥‥伏せていた視線を上げると心配そうに覗き込んでいるお兄様と目が合って、笑ってしまった。
「ふふ、良かった」
安心したような彼のキスを受け入れる。
これが私の日常だった。




