III-30 エストリアの淑女会
カミラ様ご懐妊の話題が落ち着いたあと、私の女子修道院の事件にも話が及んだ。
元々イブリン様はご存知だったし、仲介役を務めたカミラ様も聞いておられたそうで、心配してお手紙を書いて下さったらしい。
「モンテネールの内紛に巻き込まれるとは、災難だったな」
イブリン様がお声をかけて下さったので、お礼を申し上げる。
「その節はありがとうございました」
「いや、礼には及ばぬ。私が好きでしている事だからな‥‥ただ、あの大公と繋がりができてしまうと、また何かあるかもしれんな」
大公とは、ベネット閣下の事だ。髪飾りをいただいた件は黙っておこう。
「学園を卒業したら、王都を離れてカリス領で生活する予定ですので、もう何も起こらないと思います」
希望を込めてそう言ってみる。イブリン様は考えるように腕を組んだ。
「それも良いかもな。リーディア姫の本来の役目は、公爵夫人の務めを果たす事なのだから。国を背負う必要は全くない。それは王族の責務だ」
「そうね‥‥使者様も表舞台に出る事を望まれていらっしゃらないから、領地で静かに暮らすのもいいわね」
カミラ様も同意して下さった。
「このまま何もなければ良いですけどねぇ」
レオが呟く。そう言えば、とルディが口を開いた。
「ずっと疑問だったのですが、天使って清廉なイメージでしたけど、悪事に加担する事もあるんですね?」
「悪に染まった天使は、“堕ちる”と聞いた事があるな。パイモン殿は、何かご存知ですか?」
メイジーはそう言って、上級魔族に視線を送った。
「天使にもランクがあるから、下の方の奴が、宿り主の暴走を止められず、離れる事もできずに共に堕ちて行ったんじゃない?」
「堕ちるとどうなるんですか?」
「さあね? もう忘れちゃったわ」
ボスに定期連絡する時間だからとパイモンは部屋を出て行った。話題がひと段落したので、尋ねてみる。
「あの、こちらの大公閣下にご挨拶がまだなのですが、よろしいのでしょうか?」
イブリン様の夫、メリデ大公もこの離宮に滞在されていると聞いていたけれど、まだお姿を拝見していないわ。
「ああ、あいつは昨日張り切って夜中まで作業していたからな‥‥夕食には顔を出すだろう。その時に相手をしてやってくれ」
「承知致しました」
思い出したのか、カミラ様がくすくす笑う。
「お父様はリーディアにもプレゼントしたいって楽しそうにしていらしたものね」
「プレゼントでございますか?」
尋ねたら、笑顔で頷かれた。
「ええ、こちらと同じものが出来ている筈よ」
カミラ様の腕には、細い鎖にお花の蕾が幾つか付いたブレスレットが揺れていた。
「護衛のお前たち、少し席を外せ」
イブリン様の命に、私の騎士達がこちらを見たので、頷いて応えた。
室内に使用人がいなくなると、イブリン様は私とカミラ様をご覧になって仰る。
「ところで、姫達は私が贈ったナイトドレスは着用したのか?」
人払いをしてこの話題なのね?
「はい、3枚とも着ました」
私がお返事すると、イブリン様の視線はカミラ様に固定される。
「ええ、もちろんですお母様」
皇后の良いお返事に満足して、イブリン様は頷いた。
「姫達の子供が楽しみだな。私の孫のようなものだから‥‥産まれたら、定期的に顔を見せに来るのだぞ? 私も、出来れば長生きしたいが‥‥どうだろうな」
何か心配ごとでもあるのかしら? と思っていたら、表情を読んだのか続きをお話しになる。
「私は過去、上級魔族を使役する為に、二つある内臓を一つずつ与えたからな。意外と病弱なのだ」
「えっ‥‥レヴィアタンにもでございますか?」
「いや、依頼の内容によるのでレヴィには髪しか与えていない。案ずるな」
良かった‥‥のかしら? イブリン様のお身体が心配になって来たわ。




