III-29 冬の離宮
馬車に揺られて、見覚えのある可愛らしい離宮の外観に癒されながら門をくぐる。
知らせを受けたのか、玄関先にはコートをお召しになったカミラ様が立っていらした。
馬車が止まり、メイジーの手を取って急いで馬車を降りる。
「カミラ様!」
懐かしい姿に、駆け寄って抱きついた。そっと背に腕が回る。
「ふふ、色々あったみたいね、リーディア。後で話しましょうね?」
「はい」
カミラ様の後ろに控えていた、派手な悪魔が私の顔を覗き込んだ。
「へぇ、あなたが噂のリーちゃんね? どんな子か気になってたのよ」
長い黒髪を高い位置で一つに結んでいる。珍しくお化粧もしてるみたいだけれど、男性なのよね?‥‥
「リーディア、紹介するわね。陛下の使い魔のパイモンよ。今は私の護衛をしてくれているの」
「初めまして、リーディア・カリスです。よろしくお願い致します」
お辞儀をすると、パイモンも優雅に胸に手を当て、膝を折った。
「アルカナの乙女、初めまして。カミラ皇后の護衛を務めます、パイモンと申します。どうぞよしなに」
そして立ち上がり、カミラ様の背に手を添えた。
「キャミちゃん、身体が冷えるといけないから、もう中に入りましょう? リーちゃん達もお疲れだと思うから、中へどうぞ。イブリン様もお待ちよ」
珍しく猫型の使者様が馬車から出てこられたので抱き上げる。
上級魔族って個性的な方ばかりなのねと思いながら後に続いた。
「なるほど、ベリーも懐いてるのねぇ‥‥人も人外もたらし込んでいるって噂は本当ね」
私の隣にくっ付いて離れないベリーを眺めながらパイモンが評した。ちなみに、膝の上には猫の使者様が乗っている。
「会うのは久しぶりだものね」
カミラ様が笑っていらして、共に食後のお茶を楽しんでいたイブリン様も口角を上げる。
「旅の疲れもあるだろう、ここに居る間はゆるりと過ごすが良い」
「ありがとうございます」
イブリン様は後ろに控えた私の騎士達にも声をかけた。
「この離宮に滞在している間は、リーディア姫の安全を保証する。お前達もゆっくりして行け」
レオ達は顔を見合わせる。
「じゃあ、お言葉に甘えて、護衛は日替わりで一人づつにする?」
「でも、年末は悪魔関係の犯罪が多くなるって言ってませんでしたっけ?」
ルディが疑問を口にした。確かにそうだわ。
「ああ、それに関しては大丈夫よ。この宮殿内では、誰も悪さをできないように警備を強固にしてあるわ‥‥今年は特にね、キャミちゃん?」
パイモンがカミラ様に話しかけた。カミラ様は頷いて私に告げる。
「リーディア、私‥‥子供ができたの」
えーーっ! 驚いてカップをガチャリと置いてしまった。頬に両手を当てて気持ちを落ち着かせる。
「カミラ様‥‥おめでとうございます!」
「ふふ、初孫か、楽しみだな」
イブリン様も嬉しそうだ。その様子ではもうご存知だったのね?
「ありがとう。ルイスにはまだ伝えてないの。年始に帰郷したら言うつもりよ」
それは、ルイス様も驚かれるわ。でも、生まれる子供は絶対可愛いから、本当に楽しみだ。
「大切なお身体、ご自愛くださいね」
「ええ」
「でも、皇后様を溺愛しているあの陛下が、よくカミラ様お一人での外泊を許可なさいましたね?」
後ろからレオがごもっともな疑問を口にする。
「それは‥‥お願いしたから」
カミラ様が少し照れの滲んだ笑顔をなさって、それを引き継いでパイモンが明るく笑う。
「ボスは、キャミちゃんが好き過ぎて、お願いされたら断れないのよ」
「その代わり、この離宮にはかつて無い程の防御魔法と護衛役の悪魔が配置されているがな」
イブリン様が続ける。だから、今年は大丈夫だって言えるのね。




