III-26 オフ日
翌日は午後からお庭に出た。防寒の為コートと耳当てを着用し、手には軍手をはめている。
庭師のジョンによると、今は冬に強いお花を植えているので、花壇のお手入れはあまり必要がないらしい。
「久しぶりね、みんな今日も元気そうで良かったわ」
花壇の前でしゃがんで話しかける。コート姿のお兄様も笑顔で私と花壇を見ていた。
「咲き終えた花を摘めばいいんだよね」
「ええ、それが終わったら、根が寒くないように藁を敷くのよ」
耐土の魔法をお兄様がかけてくれて、二人で作業を始めた。
「そう言えば、王宮ではどこで寝泊まりしていたの?」
手を動かしながら質問する。
「ルイス殿下が、プロテア宮の客室を提供して下さったんだ。その方が情報交換もしやすいからね」
お兄様の横顔も素敵ねと思っていたら、その表情が苦笑に変わった。
「殿下から“学園であの子が勝手に腕組んだりして来たけど、私からは絶対触ってないからね?”って何度も言われたな」
私、一体どこまでしていたのかしら‥‥不安になる。後でメイジーに聞いてみよう。
「でも、僕はそれよりも、君が消えてしまうかもしれない方が怖かったよ。だから、この事件に関わった人間や天使を許せない」
「黒幕の大貴族とその天使は、モンテネールに送還されるのよね?」
「そうだね」
では、裁きも本国で行われる筈ね。だとすれば、残っているのは間に入った官吏とロージーだわ‥‥
従姉妹とは言え、私も命まで狙われてしまうとさすがに庇えない。
「よし、終わったかな」
気付くと花壇が綺麗になっていた。花達も喜んでいる気がする。お兄様は立ち上がり、私の手を引いて立たせてくれた。
「リーディアが心配しなくても、あの子の方は国外追放程度だよ。僕は納得できないけどね」
軍手を外しながら歩き出す。私も隣を歩きながら、お兄様が差し出した手を取った。
温室で休憩している頃に、レオとメイジーが邸を訪れた。二人とも本日は休暇だったのだけれど、今回の事件について整理しておきたいので出勤して貰っている。
「リーディアとあの子が入れ替わっていたのは、4日間だね。その間の、特にリーディアの行動について説明してくれるかな?」
お兄様はメイジーとルディに視線を送っていた。先にメイジーが報告する。
「初日は授業が終わると王宮へ向かっています。学園では、昼休みにレヴィアタンを呼び出さず、授業も実技は体調が優れないと言う理由で見学していました。王太子殿下にも馴れ馴れしい態度を取っていたので、公爵家のお嬢様方は訝しがっていましたね」
ルディが続ける。
「王宮ではプロテア宮の王太子殿下の私室でお茶をいただき、若にも会いたがったのですが、業務が忙しいと言う理由で断られたので、ベネット閣下に謁見を申し込んでいます。許可はすぐに下りたので、共に向かいました」
メイジーとルディは視線を交わした。代表してメイジーが話しはじめる。
「そこで『私に聖痕を見せて下さい』と閣下に訴え、失笑されていました」
私は目を閉じる。ベネット閣下に会わせる顔がないわ。
「翌日からは学園も休みがちになりましたね。“単位はほとんど取得しているので、このまま通学しなくても卒業できるのか?”と尋ねられました。ただ、王太子殿下とはこまめに連絡を取ろうとしていました」
「メイジーさんが離席している時ですが、鏡に向かって“私は賭けに勝ったの! あなたの全ては私のものよ‥‥!”と呟いていましたね」
あ!‥‥その台詞は。
思わず声を出してしまい、皆の注目を集める。私は修道院の夢の話をした。
「子供の頃に見た、異世界の夢を思い出しただけだと思っていたの。黙っていてごめんなさい」
お兄様に謝罪する。もしあの時話していたら、また違う道が開けていたかもしれないわ。
「リーディア、謝らなくていいよ。君は被害者だし、もしその夢を知っていても、この国の人間ですぐに魂の入れ替えまで結びつけられる者が居るとは思えない」
「そうですよ、姫ちゃん。気になる夢を見たから、じゃあ天使憑きのベネット閣下に相談しよう、とはなりませんからね」
「姫、悪いのは犯人です。気を落とされませんよう」
メイジーも擁護してくれたので、反省しつつお礼を言う。レオが、それにしても、と呟いた。
「そんな簡単に、他人の人生なんて背負えませんけどね。ましてや姫ちゃんのポジションなんて、どれだけの努力と覚悟と運が必要だと思ってるんだか」
「良いところしか見ていなかったんでしょうね」
ルディの言葉に、メイジーが頷いた。
「とりあえず、姫に関してはその程度ですね。使者様もご不在でしたし、レヴィアタンの件も知らないようでしたので、そちらの心配はしなくてもよろしいかと」
「リーディアの日記は?」
「衣装部屋に入り浸っていたので、日記には手を出しておりません。“影”からの報告と同じです」
日記、もう処分しよう。秘密は少ない方がいいわ。
夜、寝室でお兄様と手を繋いで横になっていたら、ふいに声が聞こえた。
「実は、学園を卒業したら、リーディアをカリス領に住まわせた方がいいんじゃないかと言う意見があるんだ。王都に居るより安全かもしれないからね」
私は咄嗟にお兄様を仰ぐ。
「ディラン様と離れるのは嫌よ」
「うん、それは僕も同じだよ‥‥それで、官吏の仕事を続けるとしたら、カリス領の本邸よりも辺境伯城に居候させて貰った方が便利なんだよね。僕とレオの移動だけなら、魔法石もそんなに要らないし」
「カリスの辺境伯城にも、王宮への転移ゲートがあるものね」
同調したら、お兄様は微笑んだ。
「君は辺境伯のお祖母様たちが大好きだし、地理的にも、エストリアに近くなるからね。カミラ皇后や前皇帝陛下にも会いに行きやすくなる」
「素敵ね!」
私は嬉しくてお兄様に抱きついた。
「そんなに私の事を考えてくれているのね、ありがとうディラン様」
「うん、僕の世界の中心は君だから」
私の背にも腕が回った。心地よい温かさに優しい声が響く。
「精霊王に転生しても、リーディアの事は忘れないだろうな」
じゃあ、良い思い出をいっぱい作りたいわと思いつつ、今夜は眠りについた。




