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カリス公爵令嬢は幸せになりたい  作者: 成海さえ
第三部 魔法学園三年生(16〜17歳)の春〜冬まで
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III-25 その後

 夕方、着替えを済ませて温室で待っていると、使者様が人間の姿で現れた。私はお辞儀をする。


「使者様、この度はありがとうございました。おかげさまで無事に戻る事ができました」


「おや、何のお話でしょう?」


 顔を上げると、穏やかに微笑んだ使者様に座るよう促される。そう言うスタンスで行くのですね、かしこまりました。

 席に着いて、一緒にお茶をいただく。どうしてずっと猫の姿だったのか聞きたかったけれど、この事件に関しては話せそうにないわ。


 ガラス張りの空を見上げる。既に茜色から夜の藍色に変わろうとしていた。

 静かで暖かい室内から眺めていると、修道院での出来事が夢のように思える。


 だけど、今考えると、私も身体を乗っ取られただけでなく、刺客にも狙われていたのだわ‥‥外部と連絡を取ることばかり考えていたけれど、今ほど魔法も使えない身体で外へ出たら、刺客に囲まれて終わりだったかもしれない。

 鳥肌が立って来た。もう解決した事件とは言え、無かった事にはできない。


「乙女、大丈夫ですか?」


 気づくとテーブルの上で冷たくなった拳を握りしめていて、その上にそっと使者様の白い手が重なった。


「少し、思い出してしまって‥‥もう大丈夫です」

 笑顔を作る。使者様も金の瞳を細めた。


「わたくしは、乙女が努力している姿を、いつも見ていますよ」

「はい」


 触れた手が温かく、緊張が取れてくる。そうだわ、怖がるよりも、この先のために何ができるか考えよう。




 今日はお兄様も邸に居たので、その後はずっと一緒に過ごした。

 いつも寝室に入るまでは別行動なのだけれど、久しぶりに会えた今は離れがたく、メイジーとレオも気を利かせて早めに帰宅していた。


 侍女のアルマも、詳しい事情は知らないながらも、最近私の様子がおかしかったり、お兄様が王宮に連泊していたことから何かを察してくれたようで、部屋を整え、私の着替えが終わるとすぐに下がって行った。


 二人で寝室のソファーに座る。お兄様の肩にもたれかかると、頬にキスされた。


「修道院は、とても寒かったわ。シスター達は毎日あのような慎ましい生活をしているのね」


「あそこは山のふもとだからね‥‥そもそも修道院自体が都市部から離れた場所にあるから、僕達から見て寒いとか不便な生活が修行の一環なんじゃないかな? 寄付金は十分ある筈だから、防寒に使おうと思えば予算を組めると思うよ」


 自然に近い=神に近いって考えなのね。確かに、自然が多いあの修道院の辺りには精霊が住んでいそうだったわ。


「でも、ご高齢のシスターも結構いらしたのよ。寒さは体に堪えると思うから、防寒具を寄付しようかしら?」

「そうだね、君がそう思うなら、喜ばれるんじゃないかな」

「ディラン様、良かったら一緒に訪問しない?」

「男性が入ってもいいのかな?」

「出入りの業者さんも男性の方がいらっしゃるし、客室までなら大丈夫よ」

「そうなんだ‥‥じゃあ、スケジュールの調整をするよ」

「ありがとう、ディラン様」


 シスター達、喜ぶだろうなぁ‥‥お兄様の噂話もしていたものね。想像すると楽しい。


「ところで、身体は大丈夫?」


 お兄様に尋ねられ、改めて腕を上げ、伸びをしてみる。どこも痛くないし、午前中は寝ていたからそんなに疲れてもいないわ。立ち上がって一回転してみせる。


「大丈夫みたい」


 笑顔で告げると、お兄様が少し笑って両手を広げたので、その腕に収まった。


「明日、学園に行ったら誤解を解かないと」


 確か入れ替わっている時はルイス様にべったりだったらしいし‥‥また変な噂になっているんだろうなぁ。


「リーディアは明日も休みになってるよ」

「え、そうなの?」

「うん、学園長の許可は得ているからね」

「それじゃあ、ディラン様は?」

「僕も王宮でずっと仕事をしていたから、明日も休んでいいって」


 そうなのね、息を吐いて彼の体にぎゅっと抱きつく。久しぶりに会えたから、甘えたい。

 彼の名を呼んで体をぴったりくっ付けていると、頭を撫でられた。


「リーディア、明日は何をしたい? 僕も付き合うよ」


 そう問われ、邸でのんびりしたいわと思いつつ、

「そうだわ、午後から花壇のお手入れをしようかしら」


 ここ数日は放置されているだろうから、様子を見に行きたい。ローズマリーやパンジーやアリッサム、プリムラ、葉牡丹等が咲いている筈だ。それらを眺めて癒されたい。


「うん、ではそうしよう」


「年明けにカミラ様が帰郷されるのよね、それを楽しみに頑張るわ」

 お話ししたい事が沢山ある。


「ふふ、君は本当にあの方が好きだよね」


 その言葉に顔を上げると、お兄様は笑っていた。


「もちろん、女性の友人とは別にしてディラン様を一番に愛しているわ」


「うん、知ってる」


 私を抱きしめる腕に、ぎゅっと力が入る。


「愛してるよ、リーディア」


 耳元で囁かれ、唇が触れる。

 その夜は、ディラン様にいっぱい愛してもらった。

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