III-24 供述
お兄様は私を抱きしめたまま離してくれなかったので、とりあえず靴を脱いでベッドへ入って貰った。
顔を見ると、目の下には隈ができている。何か、本当にごめんなさい。
「じんましんは治ったの?」
尋ねたら、苦笑された。
「ああ、あれ‥‥僕も無意識だったけど、違和感を感じていたみたいだね。君に触れようとすると全身に発疹が出たから、原因が分かるまではと王宮に避難していたよ。ほら、もう治ってる」
お兄様はシャツのボタンを外してきれいな首元を見せて下さった。シンプルだけど上質なセーターを重ねて着ていて、久しぶりに見るお兄様は、相変わらず格好いいわ。
「ここは私の部屋ね‥‥ベッドは譲るから、少し寝たら?」
「嫌だ。君も一緒に居て」
子供みたいになってるわ。でも、朝起きて奥さんが別人格になっていたら、トラウマになりそうだ。
「じゃあ、一緒に寝ましょう? このまま側にいるわ」
「うん」
改めて私を抱き直し、お兄様が目を閉じる。その瞼にキスをした。
心労が溜まっていたのだろう、すぐに眠ってしまった彼の顔を眺める。
もし私に不幸があって、お兄様が心に傷を負ったまま転生したらと思うと怖いわ。ずっと側にいると決めたのだから、自分の立場を自覚して危険なことには近付かないようにしなくては。
反省しつつ、お兄様の温もりに包まれて目を閉じた。
控え目なノックの音に目を開ける。レースのカーテンを通して明るい日差しが室内を照らしていた。お昼ぐらいかしら。
お兄様は既に起き上がってドアへ向かっていた。
「レオが戻りました。状況のご説明をしたいそうです」
メイジーの声がする。私も上半身を起こしてストールを羽織った。
「ディラン様、私も一緒に参ります」
特に目眩などもないので、そのまま冬用の室内履きに足を通して立ち上がる。メイジーと目が合った。
「ただいま、メイジー。心配かけてごめんなさい」
「姫‥‥謝罪の必要はございません。姫は巻き込まれただけですから」
私の身体を支えようと手を伸ばしてくれたので、その手を取った。
「ありがとう」
お礼を言うと、メイジーの表情が少し泣きそうになった。
客室には、レオとアスモさんが居た。控えていたルディも私を見ると嬉しそうに笑って、お茶の用意をしてくれた。
「ベイリー嬢は、現在、修道院内の個室に監禁されています。それでこの件に関しての供述なのですが‥‥」
王宮勤務の話が出た頃、カリス領で外部からの接触があったそうだ。最初はベネット閣下に気に入られると信じていたので相手にしなかったが、失敗に終わったためその計画に加担する事にしたそうだ。
指示は手紙で届き、邪術で魂の入れ替えをする計画は把握していたけれど、私に刺客が差し向けられたことまでは知らなかったらしい。
「泣いてましたけど、反省しているかどうかは分かりませんね。“私がベネット閣下や王太子殿下に気に入られていた筈なのに”って叫んでたからね〜」
「現実と妄想の区別がついていないのでしょう」
アスモさんが評した。彼はレオを送ってくれた後もこの邸に留まっている。
「黒幕の大貴族も、ベイリー嬢の愚行で足がついちゃったから、既にベネット閣下に捕まったらしいですよ」
「では、もう帰国されるのでしょうか?」
ルディが尋ねる。
「そうじゃない? ここに来る前に王宮で王太子殿下と話したけど、近いうちに送別パーティーが開かれるらしいよ」
レオがそう言って手を広げた。
「これで、この事件はおしまいですね」
「では、私も失礼致しましょう」
歩き出したアスモさんが私の前で足を止めて恭しく片膝をつき、私の手を取る。
「今回はあまり話せず残念です。またお会いできる日を楽しみにしていますよ、お嬢さん」
手の甲にキスをして立ち上がる。事件解決に協力して頂いた手前、振りほどけなかった。
「お疲れさまでした。エストリアの前皇帝陛下にもよろしくお伝え下さい」
お兄様が代わりに返事をする。
「ええ、それでは」
床に赤いサークルが現れ、姿が消えた。
私は息を吐く。これで終わったのかしら‥‥?




