III-20 寒い朝
翌日、寒さで意識が浮上した。微かにお香らしき匂いもする。ベッドのマットレスが固くて身体も痛い。どうしたのかしらと思い目を開けると、いつの間にか知らない部屋で寝ていたらしい。お兄様もいない。
起き上がり、辺りを見渡すと、狭い個室にベッドが一つ、机と窓が一つずつ、室内に暖炉はなかった。ここはどこだろう?
火の魔法で暖を取ろうと思っても、うまく使えない。お兄様の訓練を受ける前に戻ったみたいだ。質素な室内履きに足を入れるため身体を動かしたら、さらりと流れた髪の色に目が留まった。茶色だわ!
急いで鏡を探す。机の上に小さな手鏡が置いてあった。窓のカーテンを開け、十分な光で自分を映す。
驚いた顔をしていたのは、ロージー・ベイリーだった。
しばらく呆然としていると、ドアをノックする音が響いた。
「ベイリーさん起きていますか? 院長がお呼びです。着替えたらドアを開けて下さい」
「は、はい!」
小さなクローゼットに修道服がかかっていたので、何とか着替える。髪も整えてベールを着けた。
「お待たせ致しました」
ドアを開けると、一人のシスターがため息をついた。
「ご案内します。ついて来なさい」
夜になり、ようやく自室に戻って来られた。
お風呂も済ませたので、防寒用のストールを巻いて椅子に座る。暖を取るために、温めた魔法石が一つ支給されていた。これは繰り返し使えるらしい。
自由時間や就業中にもさりげなく聞き取り調査をしたところ、今日は12月11日でロージーと別れた翌々日にあたり、ここはカリス辺境伯領にある女子修道院なのだそう。
ロージーは今日から養成期間に入り、他のシスターとの共同生活を経て修道女を目指すそうだ。
早朝に起床し、他のシスターと共に夕方まで祈りや労働を行う。部屋に戻れるのは夕食を済ませてからだ。
今日は食事の準備と掃除を手伝った。延々とジャガイモの皮むきをしたわ。おかげで手が痛い。
椅子に座ったままぼんやり天井を仰いだ。
私‥‥自分の身体に戻れるのかな
お兄様に会いたい‥‥
涙が出て来た。
あの夢は予知夢だったのね、お兄様に話しておけば良かったわ。
私の魂がロージーの体に入ったのなら、今の私の体は彼女が操っていると考えるのが自然だ。
お兄様が心配。ロージーの毒牙にかかっていないかしら。ああ、想像すると不安で胸が痛い。
ランプの灯りだけの、寒く薄暗い室内で頭を抱えていたら、窓をカリカリ引っ掻く音が聞こえた。ここは2階なので、野鳥だろうか?
立ち上がって窓のカーテンを開けると、フラワーボックスに座っていた青い毛並みの猫が私を見て声をあげた。
「使者様!?」
内開きの窓を片方開けて、中に入れる。抱き上げたら、猫は私の顔を見てにゃぁと鳴いた。
「使者様、私リーディアです! 分かりますか?」
「にゃーん」
「なぜかロージーの身体になっていて‥‥もうどうしたら良いのか」
「ふにゃー」
その後、何を話しかけても『にゃぁ』としか言わない事が分かった。ロージーの身体では、この聞き取りが限界なのかしら‥‥
使者様を抱っこしたままベッドに腰掛ける。この温かさがありがたいわ、少し前向きになれる。今の自分にできる事を考えよう。
まずは外と連絡を取りたい。魔法が上手く使えないし、お手紙を書くのが現実的ね。王都の邸に送っても、ロージーに破棄されちゃうかもしれないから、カリス騎士団の寮に送るとして‥‥レオの方が冷静に読んでくれそうだわ。
机に向かい、引き出しからレターセットを取り出す。辺境伯の祖父母やロージーの両親が多額の寄付金を納めているため、質素だけれど他のシスターよりも良い待遇を受けていた。
昼間の聞き込みで、手紙は自由に出せると把握済みだ。内容も特に確認されないって事だったけれど‥‥
念の為、先日のお礼と、最後に私とお兄様、そして契りを交わした騎士三人しか知らない言葉を書いた。
『また皆様にお会いしたいです。“一生大好き”と言ってくれたレオへ』
気付いてくれますように!‥‥祈りながら、封をする。届くまで最低二日かかるそうだし、それまでに他の方法も考えよう。
体力は蓄えておかないと。あと、魔法の練習もしよう。2階から飛び降りられる位にはなりたいわ。
「使者様、お水ならご用意できますが、召し上がりますか?」
コップに水を溜めて机の上に置く。青い毛並みの猫は一声鳴いてお水を飲み始めた。その背中を撫でる。癒されるわ‥‥安心するとまた涙が出るけれど、泣くよりも頭と身体を動かそう。
目を閉じて、お兄様との訓練を思い出し、身体の中の精霊力の流れを整える。
そうして三日が過ぎた。




