III-19 当然の結果
「なるほどね、それでレヴィも一緒なんだ‥‥いいんじゃない?」
お昼休みに、甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれているレヴィを眺めつつ、ルイス様はそう評した。顔の造りがアルカナの系統ではないので、エストリア人の執事だと他の生徒には説明してある。
「ちなみにさ、あのロージーって子、未だにベネット閣下から一度も声をかけられてないらしいよ。まあ、当然と言えば当然だけど」
閣下は、宮殿の兵士や侍女達にも気さくに挨拶したり一言話しかけたりなさる方のようだ。ちょっと意外だわ。
ルイス様の横で、昨夜のカリス小公爵邸での報告を受けたイルゼ嬢がため息をついている。
「あの子も、態度が違えばリーディアお姉様から目をかけて頂けたものを、欲が強すぎて理性が働かず、目先の利益にしか興味がないのね‥‥せっかく精霊王の血から解放されて別の人生を歩むチャンスでしたのに、残念だわ」
その翌日から、ロージーは王宮の寮に入って予定通り一週間を過ごし、結局、ベネット閣下を射止めるのは無理だと判断されたようで、目的を果たせず修道院へ身を寄せる事になった。
最初は自信満々だったらしいけれど、あまりにも閣下の関心が寄せられなかったため、自分から話しかけようとして注意されたりも何度かあったそうだ。
邸の玄関前で、白い手袋をしたレヴィが馬車から降りる私の手を支えてくれる。
この数日間、一緒に行動して貰ったけれど、危惧していた人外や危険人物との接触は全くなかった。
背の高い悪魔を見上げたら、傾いた夕陽が彼の青色の髪を縁取っていた。赤い瞳が私を見つめる。
「これで今回の依頼は終了だな。俺は物足りないが、何の襲撃もなくて良かったな? 主」
「そうね、もしかしたらレヴィが居てくれたから止めたのかもしれないわ」
そう感想を述べたら、彼は笑って首を傾げた。
「いや? 主の周辺では、精霊以外の人外の気配が全く無かったゆえ、偵察にも来ていないと言うことだろう」
そうなのね、今回は考えすぎだったのかしら?‥‥
「では、またいつでも呼んでくれ。主を側で眺めるのは楽しいからな」
「レヴィ、ありがとう。またね」
挨拶が終わると、レヴィの姿が陽炎のように歪んで消えた。
「結局、何もありませんでしたね」
温室にティーワゴンを押して来たルディが、隣のメイジーに話しかける。
「いや、まだだ。王宮務めを終えたあの者が挨拶に来る予定だからな。それが終わるまでは気を抜くな」
いつものように使者様が現れ、私は立ち上がってお辞儀をした。
「ようやく邸が落ち着きそうですね」
「お騒がせして申し訳ございません」
「いえ、良いのですよ‥‥わたくしは乙女を見ているだけで楽しいのです」
使者様は微笑んでお座りになる。それから世間話をしつつ和やかにお茶をいただいた。
お兄様が帰宅するより前に、ロージーが挨拶に寄った。このまま馬車でカリス辺境伯領の女子修道院へ向かうらしい。
「奥様、短い間でしたがお世話になりました。私、上手くできなかったみたいで‥‥ご期待に添えず申し訳ございませんでした」
声も細く明らかに落胆している。そのあと、気を取り直すように手に持っていたリボン付きの籠を差し出した。ワインが一本収納されている。
「こちらは、私が入る予定の修道院で作っているワインです。もし良かったら、皆様で召し上がってください。満月の夜に飲むと願いが叶うと言う縁起物なんですよ」
ルディに頷き、籠を受け取ってもらう。
「ありがとう。お元気で」
「もうお会いすることもないと思いますが‥‥奥様もお元気で」
悲しそうに微笑んで、ロージーが退出する。溜息をつきながら馬車に乗り込む様子が見えた。
修道院に一度入ると、なかなか外に出られない。私と同い年だから、17歳ね‥‥複雑な心境になる。ゲームのリーディアも、修道院に入った後はどうなったのかしら?
「お嬢様、このワインはどうしますか?」
ルディに尋ねられ、少し考える。満月と言えば、明日の夜ね。飲んでみようかしら?
「姫、飲まれるのでしたら、先に毒見を致しますね」
メイジーが当然のように告げた。
◇◇◇
「それが、例のワインなの?」
お兄様がテーブルの上のグラスに入ったワインを見る。
「ええ、何てお願いをしようかしら?」
星が輝く窓の外を見て考えていたら、お兄様は少し笑ってグラスを持ち上げ、ひとくち飲んだ。
「飲みやすいワインだね‥‥毒も、大丈夫そうかな」
みんな、最後まで疑っていたのね‥‥私も最初は不安になったけれど、最終的に修道院と言う選択になってしまったロージーを思うと、少し同情してしまう。
みんな、それぞれ幸せになりますように‥‥そう願いながら、ワインを飲んだ。
*補足*
この物語では、14歳で成人です。




