III-18 不安
「お嬢さん、この階は小公爵ご夫妻がプライベートで使用している場所ですよ。早く戻りなさい」
レオの声がする。ドアのすぐ横で、ルディが困った顔をしていた。その向こうで会話が続く。
「えぇ、私はただディラン様にご挨拶がしたくて‥‥」
ロージーはフリルが沢山ついた可愛らしいナイトドレスにストールを羽織っている。声と態度は怯えているけれど、お兄様の前を動く気配がない。
「従姉妹と言えど、身分差がある限り気安く名前で呼んではいけません。カリス小公爵様とお呼びなさい」
「私、一人で王宮勤めなんて不安で‥‥小公爵様のお話を聞けたらなって」
か弱い声で、聞いていると本当に心細そうだ。レオがガードしているのでお兄様には近付けないけれど、見ていると胸が痛くなって来た。
「あいつ‥‥窓から投げ捨ててやろうか」
そう呟いてメイジーが駆けて行き、ロージーを連れて一階へ降りて行った。
「リーディア、ただいま」
彼女に一言も声をかけなかったお兄様が、廊下で立ち尽くしていた私に微笑みかける。
「ここは寒いから、部屋に入ろうか」
私は頷き、お兄様に促されて寝室へ入った。
やがてメイジーが戻り、報告がある。
「家令と侍女長に状況を説明しました。とりあえず、あの者の部屋の前に警備兵を配置するそうです」
「もうさ、王宮の寮に入って貰った方がいいんじゃない? 招かれてもないのに、いきなり夜衣で当主に挨拶とか、礼儀なさすぎでしょ」
レオの言葉に、メイジーが頷く。
「反省の色が全くありません。あの性格と態度では、ベネット閣下の目に留まることもないかと‥‥関わるだけ無駄では?」
「そうだね、明日、父上に相談してみるよ」
ルディ以外の三人が話を進めている。
「俺‥‥知らない場所に一人で来たロージーさんに少し同情してしまったのですが、甘いでしょうか?」
申し訳なさそうに告げるルディの肩をレオがぽんと叩いた。
「なあルディ、性別を逆にして考えてみ?‥‥姫ちゃんの平民の従兄弟が礼儀作法の勉強に来ました。初日の夜に入室を禁止されている姫ちゃんの寝室まで出向き、寝衣姿の姫ちゃんに“不安だから話を聞いてほしい”と訴え、しかも勝手に名前を呼び、触れようとしました」
「許せませんね」
「だろ? 特に女性だと外見や態度で誤魔化されそうになるけど、行動で判断するんだぞ?」
「はい‥‥今後の護衛はどうしますか?」
「あの子ひとりなら、この邸の警備兵だけで十分だが、他にも何かあるといけないしな‥‥最悪のケースも考えておこう。特に姫ちゃんの周囲に気を配ってくれ。ここは以前使者様が結界を張って下さっていたが、レヴィアタンと契約してからは解除しているからな」
大げさかなとも思うけれど、過去、刺客に襲われたり、この邸や学園で悪魔と遭遇したりもあったものね。
絶対何もないとは言えないわ。
「そのレヴィアタンに調査を依頼できないだろうか?」
メイジーが考えながら話す。
「報酬次第だが、上級魔族であれば、この件に裏があるかどうかの調査も容易くできるのではないか?」
聞くだけ聞いてみようと言う結論になり、翌日、学園に向かう馬車の中でレヴィを呼び出した。
「この時間に、珍しいな主。どうした?」
執事姿のレヴィは、機嫌良く口角を上げ、私の隣に座る。
事情を説明すると、腕を組んで返答があった。
「それは可能だが、王宮には天使憑きの人間が滞在しているだろ? 常駐はしてないようだが、あの天使に気付かれずに調査をするのは難しいな。主の邸の精霊もそうだが、力のある人外を欺くには周到に準備しないと」
馬車の中の私とお兄様の様子を見て、レヴィは続けた。
「心配なら、調査ではなく俺が主の側にずっと控えてやってもいいぞ? 報酬は十分貰っているし」
考えていたお兄様が口を開く。
「では、今日から6日間ほど、邸以外での護衛をお願いしようかな‥‥リーディア、どう思う?」
今までを思えばその方がいいわ。皆も気にしてくれているし。
「私も賛成よ。レヴィ、今日からよろしくね。使者様にも私から説明しておくわ」
「了解。やっと仕事が来たな」
レヴィは優雅にお辞儀をする。
「よろしくお願い致します、我が主。誠心誠意務めさせていただきます」




