III-16 夢
その夜、夢を見た。修道院に閉じ込められる夢だ。冷たい床に突き飛ばされ、扉が閉まり施錠の音が響く。
『私は賭けに勝ったの! あなたの全ては私のものよ‥‥!』
はっと目を開けると、自分の呼吸が荒くなっていて、真っ暗な部屋に暖炉の炎が揺れ、その影を落としていた。
隣では目を閉じたお兄様が静かに眠っている。
昼間、修道院の話が出たから、久しぶりにあの乙女ゲームを思い出していた。だからかしら?
ゲームの中の悪役令嬢リーディア・カリスは、バッドエンドでは婚約を解消されて修道院送りとなっている。
気分を変えたくて、私はベッドから降りてストールを羽織り、寒いベランダへ出た。
深呼吸して冷たい空気を吸い込む。あのゲームはもう終わったはず。さっきのはただの夢だわ。私はもう大丈夫。
ゆっくり息を吐くと、白くなって澄んだ夜空に広がった。
「眠れないのですか、乙女?」
いつの間にか使者様が私の隣に立っており、顔を覗き込まれた。
「はい、夢見が悪くて」
「不安なのですね‥‥おいでなさい、おまじないを致しましょう」
招かれたので、使者様と向かい合った。肩に手を置かれて、額に唇が触れた。目を閉じると、心にあったもやもやが消えて行く気がする。ついでに身体も暖めて下さったようだ。
「ふふ、水の精霊王が不快に思われるでしょうか」
楽しそうな声に目を開けると、使者様が至近距離で微笑んでいた。見惚れてしまう‥‥精霊って本当に美しいのね。
「使者様は、なぜ私の側に居てくださるのですか?」
今なら答えてくれそうな気がした。優しい金色の瞳が揺れる。
「それが、精霊王のご意志だからですよ‥‥ただ、わたくしは傍観者です。見守りはしますが、手は貸さない‥‥そう言う決まりなのです」
繊細な白い指が、私の頬を撫でた。同じ水の系統だからか、とても心地良い。夢の中にいるようで目を閉じたら、再び唇が触れた。
「人間とは‥‥いえ、わたくしの乙女は、本当に可愛らしいですね。困ったものです」
肩を抱かれて体の向きを変えられたので目を開くと、室内へ続く窓が見えた。
「さあ、もうお休みなさい。風邪をひいてしまいますよ」
部屋に向けて優しく背中を押され、私はお礼を言って足を踏み出した。
「リーディア、どうしたの?」
ベッドの揺れに気付いたのか、お兄様が目を開ける。
「何でもないわ。起こしてごめんなさい」
隣に横たわると、抱き寄せられた。
「君がそう言うなら、聞かないけど‥‥あの子の対応については侍女長に頼んであるから、リーディアは必要以上に関わらなくてもいいんだよ」
「ええ」
「何かあったら、すぐに僕に言って」
「分かったわ」
「愛してるよ、リーディア」
「ふふ、私もよ。ありがとうディラン様」
夢なんて、もう忘れよう。私に出来ることを頑張ろう‥‥そう決めて、目を閉じた。




