III-15 ロージー・ベイリー
イルゼ嬢が王太子殿下の婚約者になってからは、お昼休みを殿下と私とイルゼ嬢の3人で過ごしていた。今日は兄のシリル・ペンタクルス様も同席している。
「リーディア嬢、明日から従姉妹が来るんでしょ? 資料をまとめておいたから‥‥ジーン、お渡しして」
食事が終わると、護衛騎士のジーン様がメイジーに封筒を渡した。メイジーが開封して中身を私に差し出す。
そこには、従姉妹であるロージー・ベイリーの情報が見やすくまとめられていた。
「女子修道院に入るはずだった、リーディアお姉様の従姉妹でございますか?」
隣からイルゼ嬢が書類に目を落とす。
「年齢はお姉様と同じですわね‥‥外見は整っているけれど、カリス家の面影が少しある程度、精霊魔法は‥‥この年齢で水でもレベル6止まりとは‥‥魔力無しの血が混ざると、こんなに能力が落ちるのですね。あ、淑女力コンテストに応募したけれど、カリス領で予選落ちしているわ」
「そうだねぇ、せっかく水の精霊王に近い血筋だったのにね」
ルイス様が続ける。
「パーティーでベネット閣下がディア姉様以外に興味を示さなかったから、馬鹿な官吏が、ディア姉様に近しい貴族子女だったらいけるんじゃないかと思ったらしく、修道院に入る筈だったその子を王宮勤めしないかって勧誘したんだって」
彼女は明日から一週間、私の邸に滞在して礼儀作法をおさらいしつつ、王宮のベネット閣下のお側でお仕えする予定になっている。
適正もあるので、その一週間は試用期間として働き、その後はそのまま王宮に残るのであれば寮に入り、合わなければ修道院へ向かうそうだ。
最初聞いていた話とは随分違って来ているけれど、お父様からも長い溜息と共にお願いされているし、可能な範囲で協力したいと思っていた。
ルイス様が息を吐いた後意見を述べる。
「でもさ、平民として育った子がディア姉様の真似をしても、あの閣下の目に留まるとは思えないんだよね」
「平民と言っても、裕福な商家程度の暮らしはできていて、家庭教師もついていたとありますわ。修道院を希望されたのも、好意的に見れば質素な生活を好む信心深い性格の現れかもしれませんし」
イルゼ嬢が資料を読みながら解説する。
「うーん‥‥それは身分の低い貴族との見合い話を断る為だって報告を受けてるけどね‥‥ディア姉様、心配だから一度様子を見に行くよ。何かあったら、すぐに私かディランに言ってね」
「はい、ありがとうございます殿下」
隣でお肉を食べ終えたレヴィは、肘をついてこちらを見ていた。
「人間って面倒だな。悪魔なら能力が全てだぞ? 分かりやすいだろ」
率直な感想に苦笑してしまう。
「レヴィは魔界でどのくらい強いのか聞いてもいい?」
そう尋ねたら、彼はあっさり頷いた。
「ベルさんが戻ったから順位は下がったが、7位以内には入っているぞ」
「えーっ、そうなの? すごいね」
「その話、詳しく知りたいです」
ルイス様とルディの発言が被り、それからはこの話題になった。
邸に戻り、使者様とお茶を頂いていても、従姉妹の件が気になり、つい手が止まる。
「どうかしましたか、乙女?」
久しぶりに人の姿になった使者様は、微笑んで首を傾げた。
「明日から一週間ほど、この邸に滞在者があります。私の従姉妹なのですが、使者様にご紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「申し訳ありませんが、それは遠慮しておきましょう」
関わらないと言うことね。私は頷いた。
「かしこまりました。では、こちらの温室には立ち入らないように申し付けておきますね」
「ええ」
精霊は気難しく、関わる人間を選ぶと言われている。だから精霊使役魔法を使える者も少ない。
「なかなか気苦労が絶えませんね、わたくしの乙女は」
金の瞳を細めて楽しそうにこちらをご覧になっている。
「使者様」
「ええ、何ですか?」
「最近、特にそうなのですが、私の決断がご迷惑になっておりませんでしょうか?」
「いいえ。乙女の思うままになさい」
使者様は、私を信じて見守って下さっていると言うことね? その期待を裏切らないようにしたい。




