III-13 ベネット閣下
「お嬢さん、ダンスに付き合わせてすまないね」
「いえ、私の方こそ先日はありがとうございました」
優雅にリードされつつ謝罪を受けたので、学園で開催された淑女力コンテストのお礼を申し上げる。
「お嬢さんは4位だったそうだが‥‥全力を出し切ってその結果だったのかな?」
「ええ、もちろんです」
この国や私の事情をどこまでご存知なのか分からないから、発言には気をつけよう。
長身の閣下は私の視線を笑顔で受け止めながら、さらに続ける。
「では、アルカナには優秀なご令嬢が沢山居るのだな。リーディア嬢の精霊魔法の実力も、所作の美しさも幼少時からの努力の成果だと私でも分かるからね」
「お褒めの言葉を賜わり、恐縮にございます」
「ふふ‥‥ご存知か分からないが、私の母は男爵家出身でね、その才能を請われて側室になったのだよ。だから、勤勉で礼儀のかなったご令嬢を見ると嬉しくてね」
「まあ、左様でございましたか」
「ああ、だけど‥‥どこの国に行ってもなのだが、私がご令嬢に声をかけると、すぐに紹介されたりがあってね‥‥私は結婚するつもりが無いので困っているんだ。あなたが既婚者で良かったよ。ダンスに付き合ってくれてありがとう、助かった」
「いえ、閣下のお役に立てて幸いですわ」
この表情は、嘘は言ってないと思う。でも、王族だったら血筋を残さなくてもいいのかしら?‥‥モンテネールの王族は天使の血を引いていないと言うことだから、アルカナの考え方とはまた違うのかもしれないわ。
色々考えている私の表情をご覧になり、閣下は楽しそうにお笑いになった。普段は落ち着いているけれど、笑うと表情が柔らかくなり、23歳なのねと言う感じになる。その視線は私の右耳で止まった。
「エストリア前皇帝のお気に入りだと聞いていたが‥‥なるほど可愛らしいお嬢さんだ。出来ればあと一曲お付き合い願いたいが、君のご主人が心配そうにしているので、やめておこうか。楽しかったよ、ありがとう」
曲が終わり、向かい合ってお辞儀をした後に、手の甲にキスをされてしまった。
「姫ちゃん、若がしょんぼりしてるから、今夜はもう撤収しますよ。メイジーとお着替えして来てください」
レオに急かされ、メイジーと共にドレスルームに向かっていると、イルゼ・ペンタクルス嬢とすれ違った。
「あら、リーディアお姉様‥‥もうお帰りですか?」
呼び止められて、頷いて答える。
「ええ。あまりお話しできなくて残念だけれど、週明けにまた学園で会いましょうね、イルゼ様」
「でしたら、私も一緒にドレスルームに入ってもよろしいかしら? お着替えの邪魔は致しませんわ」
同性だし、別に構わないと思ったので了承する。
「王太子殿下と婚約が決まったそうね、おめでとうございます」
侍女に着替えを手伝ってもらいながら、近くに腰掛けたイルゼ嬢に話しかける。
「私は、リーディアお姉様が困っていらしたから、王太子殿下の婚約者に立候補したのですわ」
なかなかの発言を急に聞かされ、私は咳払いをした。それを気にせず彼女は続ける。
「私‥‥昔から物語が好きでして、ペンタクルス公爵邸の蔵書は、外国のものも含めて大体読んでおりますわ。それで思うのですが」
マンダリンガーネットを思わせる赤と金の混ざったオレンジ色の瞳が私を映す。
「リーディアお姉様は、アルカナを舞台にした物語の主人公みたいだわ。お姉様の決断が、この国の行方を左右しているように思えるの」
ドレスが解体され、身軽になった私は彼女に向き合う。
「私は、この国を大切に思っているわ。何があっても最後まで諦めないし、周りの皆を、自分の中に流れる精霊の血を信じてる」
覚悟を尋ねられたと思ったので、そうお返事したら、イルゼ嬢はとある一点を凝視していた。
「お姉様‥‥そのお胸‥‥」
「ああ、これね? 少し育ち過ぎているから、普段はボリュームを抑えているの」
「何てこと! 私が把握していなかった事実ですわっ」
いつも飄々としているイルゼ嬢が、立ち上がって下着姿の私を色んな角度から眺める。
「なるほど、体型管理も淑女の基本だけれど‥‥これは完璧ね」
「恐れながら、ペンタクルス小公女様、あまり近いとリーディア様の着替えが出来ませんが」
メイジーが間に入ってくれて、イルゼ嬢は少し落ち着きを取り戻したようだった。
「分かりましたわ、お姉様。共にこの国の為に精進致しましょう」




