III-7 ルシファー陛下について
「リーディア姫には血なまぐさくない話が良いだろうだからな」
次のお昼休みに語られたのは、ルシファー様がご生誕されてからのものだった。
本日もレヴィは私の隣で優雅に程良い焼き加減のお肉を食べている。
「叔父のヴィンスは、皇籍に戻る事を頑なに拒否していた。実姉の皇帝が亡くなると、すぐに皇位継承権を放棄して、姓も母方のザビニを名乗っていたしな‥‥それで、私が24の歳にルシファーが生まれた訳だが、そこで初めて爵位と土地を要求して来た」
「急にどうされたんでしょうね?」
ルイス様の疑問に、イブリン様は肩をすくめる。
「要求したのは、当時は無名だった山とその周辺の土地、爵位は私が大公を与えた」
イブリン様の叔父様のフルネームは、確かヴィンセント・ザビニ・メリデだ。ご職業が地質鉱山学者でいらっしゃるから、思い当たるものは一つだわ。
「メリデ鉱山でございますか?」
そう尋ねると、イブリン様は私に向かって微笑んだ。金の瞳が細まり、それが艶めいていて、誘惑された訳でもないのにドキドキしてしまう。
「ああ、ヴィンスのものになってから良質の魔法石が採掘できる鉱山に発展し、その採掘権はすぐに全て子のルシファーへ譲渡された‥‥あれから20年以上経つが、あやつも私財を使う事に興味がないゆえ、純利益はそのまま手付かずだろうな」
「それは勿体無いですね。でもそのうちカミラ姉様が陛下にアドバイスすると思いますよ」
お金はそのまま保有しておくよりも、動かした方が国のためになるものね?
「そうだな、カミラ姫の手腕に期待しよう」
「そう言えば、ルシファー様もご婚約者を決められるのが遅かったと思うのですが、何か理由があるのですか?」
私の問いに、イブリン様は、ははっと可笑しそうに笑う。
「姫はそこが気になるのか‥‥まあ、私がカミラ姫を狙っていたと言うのもあるが、あやつも国内の令嬢に全く興味を示さなかったからな。ああ、モテなかったと言う意味ではないぞ?」
「いやいや、あの外見だったらめちゃくちゃモテますよね? それに能力も高いですし」
ルイス様がすかさずフォローする。
「そうだな、歴代の皇帝の中でも、あやつの悪魔使役能力はトップクラスだな。分かりやすいように、魔王と同じ名にしたのだが‥‥だからか、子供の頃から人間以外のものにもよく好かれていた。本人は全く取り合っていなかったが」
「ディア姉様みたいですね?」
「いいえ、私みたいなんて恐れ多いです」
「いや、姫は性格が優しいだろう?‥‥ルシファーは、興味のないものには、その辺りの石ころと同じ扱いだから容赦ないぞ」
いつも穏やかな笑顔の陛下だけれど、何となく想像できる。カミラ様、愛されてて良かったわ‥‥
「ところで、最近さ、ディア姉様の事を色々言う子達が居るじゃない?」
ルイス様が身を乗り出して窺うようにこちらをご覧になった。
それは私も気付いている。多くはルイス様とお近付きになりたいご令嬢達が“カリス小公爵夫人が王太子殿下を独り占めしている”と騒いでいるのだ。前から不満はあったと思うけれど、カミラ様が嫁がれたので遠慮がなくなったのね。
精霊王の血を引いている割に、瞳の輝きが足りていないのも揶揄されているらしい。
「王太子が姫に甘えすぎなのではないか?」
イブリン様が腕を組んで意見を述べる。
「それは、私も申し訳ないと思っています。だから、そろそろ本気で婚約者を決めようかなってね‥‥それで、ソード大公とも相談したんだけど、どうせなら公募してみようかと」
「公募するにしても、精霊魔法が使える令嬢でないと駄目だろう?」
「ええ、そこは条件を定めて、参加者は年齢が二十歳以下で、精霊魔法が中級レベル以上の子供のいない女性限定にします。試験を受けていただき、上位10位以内に入った令嬢には、私が主催する特別なお茶会に婚約者候補として招待しようかと」
「ほう、配偶者の有無は問わないのか‥‥ならば、リーディア姫の名誉回復の機会も含まれていると言うことだな」
「ええ、そうです‥‥と言う訳で、ディア姉様も参加して上位入賞を目指してね♪」
「どの試験が来ても、リーディア姫ならば楽勝だろう?」
「主、俺の力が必要ならば、いつでも呼んでくれ」
圧がかかる。確かに周囲を納得させるには、実力を示すのが近道だと思う。お兄様にも相談してみるけれど、せっかくの機会なので、出てみようかしら。
お二人の貴人と一人の悪魔の視線を受け、私は善処しますと頷いた。




