III-6 お昼休み
翌日のお昼休みは、いつもの中庭ではなく個室を予約していた。食事の配膳も済んだので、私はイヤーカフに手を当ててその名を呼んだ。
「レヴィ」
現れたのは、侍従姿の悪魔だった。
晴れた日の海を思わせる鮮やかな青色の髪に赤い瞳、背が高く、真面目そうな外見だ。
「要件は? 主」
「今日はあなたとお食事をしようと思って」
既に席についているイブリン様とルイス様、そして私とテーブルに並ぶ料理を確認して、レヴィは頷いた。
椅子を引いて私を先に座らせてくれた後に、自分も席につく。イブリン様がテーブルマナーも完璧と仰っていたけれど、心配しなくて良さそうね。
「焼き加減はどうかしら? 他にも希望の食材があれば、用意するわ」
「いや、肉であれば種類や焼き加減は問わない。それよりも、俺は主と食事ができるだけで満足だ」
ん? と思っていると、ルイス様の声がした。
「もしかして、レヴィアタンもディア姉様狙いなの!?」
「狙ってはいないが、悪魔も精霊も天使も、魂の輝く女性に好感を抱くのは共通していると思うが?」
魂を褒められたのは初めてだわ。でも魂が輝くって何だろう?
「魂レベルで性格が良いとか‥‥利己主義じゃないとか、宗教的に言うと、徳が高いとかじゃない?」
ルイス様の言葉に、イブリン様も続ける。
「私は単純にリーディア姫の外見も気に入っているがな‥‥レヴィ、アスモデウスから何か言われたか?」
「ああ、“なぜ貴方が‥‥“と言っていたが、選んだのは俺ではないから、特に返事はしなかった」
とりあえず大丈夫だったみたいね、良かったわ。
「イブリン様、昨日の続きをお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
ルイス様のお願いに、イブリン様はくすりと笑って頷いた。
「懲りてなかったのか。では、皇帝になってからだな‥‥それ以前はたまに暗殺者を送り込まれる事があったが、デビュタントを終え即位すると、王配や側室を斡旋しようとする輩が増えたな」
「えー、何それめんどくさい」
ルイス様が呟く。確かにそうだけれど、でも、皇帝として良い王配を迎え、世継ぎを作る事も大事な役目だわ。
「まあ、全部断っていたが‥‥だが、私もいつかは子を儲けないといけないのは確かだ。初めは城内、次に帝都の改革を進めながら、同時に夫を誰にするかずっと考えていた」
誰を選ぶかって、とても大事よね。国が荒れているなら尚更だわ。
「イブリン様の中で、当時王配の候補はあったのですか?」
私の問いに、イブリン様は思い出すように笑う。
「ああ、私の父と違って権力には全く興味のない、10歳年上の血筋が確かな地質鉱山学者だ」
「それって、イブリン様の叔父上では?」
ルイス様の指摘に、イブリン様は頷く。
「叔父上の事は幼少時から気に入っていたし、適任だと結論が出てからは、毎日プロポーズしていたな。まあ、半ば強引に婚姻を結んだ感じか」
!!
◇◇◇
「リーディア、今日は嬉しそうだね?」
夜、ソファーに座ったお兄様が笑っている。
「ディラン様、恋の形ってさまざまなのね」
「そうだね」
「女性側からのプロポーズも素敵だわ」
「プロポーズしたくなった?」
「ディラン様にしたいわ」
「喜んで受けるよ、魂の輝くお嬢さん」
頬にキスされる。
「ディラン様‥‥情報が早すぎない?」
「ふふ、ごめんね。僕がルディにお願いしてたんだ」
お兄様のお迎えもルディがしているから、帰りの馬車で報告を受けたのかしら‥‥昨夜は私が落ち込んでいたものね、気にかけて下さったのだわ。
「でも、イブリン様に対して一つ心配な事があって」
「どんなこと?」
「イブリン様は、“そろそろヴィンスを解放してやらないと”“私は皆に嫌われているから”と仰っていたの」
「つまり、政略結婚を無理強いした(と思っている)叔父には嫌われているから、近いうちに陛下の方から離婚もしくは別居を申し出るってことかな?」
「多分‥‥でも、カミラ様の結婚式でお会いした時は、夫婦仲は良さそうに見えたわ」
「そうだね、だけど本当の気持ちは当事者しか分からないから」
お兄様の意見は正しいけれど、少なくともイブリン様の方は、今でも叔父様を慕っている感じだったわ。
私はイブリン様を思い、気持ちが通じますようにと祈った。




