III-5 学園生活
イブリン様は、留学生として2学期からしばらく王立魔法学園に通われる事になった。この春からエストリアの冬の離宮とその周辺を改装中だそうで、それが終わるまでこのアルカナで過ごされるらしい。
2年に進級したルイス様が騎士コースを選択されており、そのクラスに編入するそうだ。
母国では叔父様が家庭教師となり邸宅で習学していたらしく、一度学校に通ってみたかったと楽しみにされている。
お昼休みに中庭のガゼボでお会いした際は、制服ではなく白いブラウスに黒のスカートをお召しになっていた。マリッサ様が用意して下さったと嬉しそうだ。
「ところでリーディア姫、レヴィアタンは呼び出しているか?」
席はイブリン様を真ん中にして座っており、その向こうからルイス様もこちらをご覧になっている。
「いえ、特に用事がないので呼んでいません」
そう答えたら、“知能の高い使い魔との付き合い方を教えてやろう”と仰って、イブリン様が話し始める。
「用がない時でも、たまに呼び出して側に置くといい。その際、あいつは肉食なので肉料理も一緒に出すと、報酬の先払いもできて好都合だ」
なるほど、ベリーも毎日サラダを食べていたし、ある程度は私も報酬を支払うと、そう言うことなのね?
イブリン様は続ける。
「特に、上級魔族は我々よりもはるかに賢い生き物ゆえ、側にいるだけでも主の思考パターンなどを読み取り、主の期待する行動を取りやすくなる。ただし、基本的に最低限の仕事しかしないし気に入らないと主の命令を曲解して実行しかねない」
「悪魔たるゆえんですね。でも、そんなに能力のある悪魔が、なぜ人間の使い魔と言う立場を受け入れているのでしょうか?」
ルイス様の疑問に、イブリン様は頷いて続ける。
「上級魔族が呼び出しに応じるのは、基本的にあ奴らが地上に出る為の手段だと聞いた事がある。それに、人間に使われているとは思っておらず、遊びで付き合ってやっている感覚なのだろうな‥‥後は、魔界の上司に命令されて仕方なく、の者も居るだろう」
そうなのね、自由に見える悪魔にも制約があるのだわ。
「悪魔は、自分の意思だけでは地上に出られないのでしょうか?」
そう尋ねてみる。
「そうらしいな。地上の誰かに呼び出して貰うか、あるいは“悪魔の深淵”から運良く外に出るかだな」
そうなのね‥‥納得していたら、その様子を眺めていたイブリン様の落ち着いた声がする。
「リーディア姫は悪魔に好まれやすい外見をしているので、安易に裏切られたりはないと思う。ただ、邸にはあの者がいるし呼び辛いだろうから、明日からでも昼休みにレヴィアタンと共にランチを食べてはどうだ?」
「わあ、楽しそう! やろうよディア姉様!」
ルイス様はとっても乗り気だ。イブリン様がそう仰るなら、呼んでみようかしら‥‥私は頷いた。
「学園に悪魔を呼び出すのだから、ソード大公に話を通していた方がいいな」
イブリン様がアイラに指示しようとしていたのを、ルイス様が遮る。
「あ、それは私から話しておきますね。今日の放課後に会う予定なので」
「そうか、では頼む」
このお二人、何だかとても仲良くなられているわ。性格が似ているのかしら?
それから学園の話をしつつ、食事が終わった頃にルイス様が切り出した。
「ところでイブリン様、王太子として質問させて頂きたいのですが、もし宜しければ、幼少期や皇帝に即位されてからの話を聞かせて頂けませんか?」
「‥‥ふむ、いいだろう」
イブリン様はカップを置いた。赤い唇に笑みが浮かぶ。
「今日は皇帝になるまでの話をしよう」
その壮絶な幼少期に、その場にいたアルカナメンバーの皆が固まった。
◇◇◇
「リーディア、元気がないね?」
夜ベッドに入り、今夜何度目かのため息をついたところでお兄様に話しかけられた。
「ええ、世の中の不条理について考えていたの」
4歳の時に皇帝であったお母様を亡くし、その後イブリン様の後見人となった実の父親は色事に溺れ、自らを皇帝と名乗るようになり、イブリン様は一時期、叔父様に引き取られ、保護されていた。
そこから皇帝となるための教育を受けている間も国は傾き、デビュタントを終えて帝位に就いた時にはかなり腐敗が進んでいたそうだ。
そんな幼少時から孤独だったなんて、どんなにお辛かっただろう。苦しんでいる時に、誰かが側にいて下さったのかしら? 叔父様との距離感はどうだったのだろう。
想像すると泣けてくる‥‥あ、でも既にお祖母様たちと知り合っていたのかもしれないわ。
「リーディア」
呼ばれたので隣を見たら、お兄様が肘をついてこちらを向いていた。優しい表情をされている。
「話せない内容なら話さなくていいけど、側に僕が居るんだから頼ってほしいな」
両手を広げられたので、その中に収まった。こんなに優しい人が側にいる私は幸せだ。
「ディラン様」
「うん、なに?」
「生まれて来る子供に、親は選べないわ。逃げる事も許されない立場の子供は、何を希望に生きていけばいいの?」
「そうだね‥‥難しいな。希望があるならいいけれど‥‥可能であれば、手を差し伸べてあげたいね」
「ええ」
お兄様に背中を撫でて貰いながら心臓の音を聞いていたら、身体に直接穏やかな声が響く。
「そうだ、ちょっと話してもいいかな?」
「いいわ。なに?」
「僕達の叔父上に子供が二人いるのは知ってるよね?」
顔を上げたら、お兄様と目が合った。私は頷く。
叔父様とは、お父様の弟の事ね。魔力のない一般女性と結婚したために、爵位を返上してカリス領の街に家族で住んでいる。爵位が無くなった(国の補助がなくなった)とは言え、カリス辺境伯夫妻の支援があるため、それなりの暮らしをしているらしい。生まれた子供は兄と妹の二人兄妹だと聞いているわ。
「兄の方は伯爵家へ婿入りしたけれど、妹の方は幾つかあった縁談を断って女子修道院へ入るらしいよ」
「カリス辺境伯領の?」
「うん‥‥それで、修道院へ入る前に、一度王都のこの邸へ来て、君に会ってみたいんだって。気が向かないなら僕から断っておくけど‥‥どうする?」
「会うだけなら、別に構わないわ。従姉妹だもの」
「この流れなら、そうなるよね‥‥話すタイミングを間違えたな」
「何かあるの?」
尋ねたら、お兄様は苦笑して言った。
「僕は少し疑っているかな。何かあるんじゃないかって‥‥最近、君は目立ってるからね。皆の関心が集まり過ぎているのが心配だよ」
綺麗な顔が近付いて、額がこつんと触れた。輝く青い瞳が伏せられる。
「叶うなら、君をずっとこの邸に隠しておきたい」
「私、ディラン様に囲われるには、色々経験しすぎてしまったと思うの」
「まあそうだね‥‥それに、君は容易に手折れそうだけど、意外とたくましいよね」
顔を離して、彼が笑う。
「ええ、だって小さい頃からずっとディラン様が愛情を注いで下さったから」
自己肯定感は、ある方だわ。
「うん」
頬にキスされる。
「あの子に会う時は、必ずメイジーを同席させるんだよ?」
「ええ、もちろん」
返事をしたけれど、お兄様の笑顔がまだ心配そうだったので、私からもキスをした。
「僕は、駄目だな。君のお願いは断れない」
彼の青い瞳が、私を映していた。




