1-11 ファーストダンス
とうとうお兄様が14歳になった。
その日、私はお気に入りの青いドレスを身につけて邸内のホールに向かった。
私をエスコートしてくれているメイジーも、今日は騎士団の紋章の入った軍服にマントを着用している。
「メイジーがヴァイオリンを弾けるって知らなかったわ。何でも出来るのね!」
傍の護衛騎士を見上げると、彼女は少し笑って言った。
「幼少時に色々仕込まれたのですよ。姫のお役に立てて光栄です」
今日のダンスの曲目は私が選んだ2曲“愛の挨拶”と“花のワルツ”、演奏はメイジーとピアノが弾けるセバスチャンに任せている。
ホールの入り口の扉が開かれると、すぐにピアノの音が流れてきた。
端にはこの邸の使用人達がずらりと並び、特に若い女性は瞳を輝かせて中央に立つ人物を見つめていた。
メイジーは私をホールの中央に誘導してお兄様の前で一礼し、手を放す。
白地に銀糸の刺繍が入った正装姿に水の公爵家を象徴する青いケープを纏っているお兄様は、片膝をついて私に手を差し伸べた。
「リーディア嬢、僕と踊って頂けますか?」
「ええ、もちろん」
精霊のように美しい王子様は嬉しそうに笑って私を引き寄せる。そこで周りから黄色い声があがった。
ファーストステップを踏み出すと同時にヴァイオリンの音色が会場を彩る。
高音の憂いを秘めた音色はメイジーの雰囲気にとても合っており、多才で優秀な彼女も学園で人気だったのだろうなと思ってしまう。
「リーディア」
耳元でお兄様の声がする。
「僕を見て」
お兄様視点では私のつむじしか見えなかったのが気になったのだろう。だって目が合ったら”行かないで“と言ってしまいそうなんだもの。
これは試練ね。覚悟を決めて顔を上げる。
「うん、今日も可愛いよ」
いつものように微笑むお兄様に、私も応える。
「お兄様も素敵だわ」
「良かった。母上が張り切って新調して下さった服だからね」
そうなのだ。(周りが用意してくれるので)滅多に自分から服を欲しがらないお兄様が、珍しく礼服を仕立てたいと所望して、その理由を聞いたお母様が嬉々として揃えて下さった衣装なのである。
ちなみに、お兄様はダンスが終わるとこの衣装のまま王都へ向かい、陛下や王妃様にご挨拶する予定となっている。
こんなキラキラした公爵令息だもの、婚約者が居るとは言え離れ離れだし、あわよくばって思うご令嬢が学園には沢山待ち構えているんだろうなぁ‥‥
表情はずっと穏やかな笑顔を心がけているつもりだけれど、ターンするついでに少し溜息が出てしまった。
最初の曲が終わり、一度お辞儀をする。
そして二曲目の“花のワルツ”が始まり、再びお兄様の手を取った。今度はセバスチャンのピアノが主旋律となって華やかな音を奏でる。
「そう言えば、魔法はどのくらいまで上がったの?」
お兄様に尋ねた。
魔法にもレベルがあって、魔力があってもコントロールが難しくてなかなか思うように上達しない人が多い。
“綾”の世界のゲーム内でも、魔法の使用時には横にパワーゲージが表示されており、その左右に揺れている針がfullに到達した瞬間にボタンを押さないといけなかった為、“乙女ゲームにこんな面倒なやり込み要素いる?”と彼女も苦労していた。
アロー系の攻撃魔法が使えるレベル5が一区切りで、それ以降はもっと上げるのが難しくなる。上限は13で、それ以降は特に数えない。
全ての属性を上げる事もできるけれど、適正があるものは上がりやすい。ちなみに、魔法の適性は瞳と髪の色に出ており、銀髪碧眼のお兄様は水一択だ。
「水は13オーバーで、それ以外は10かな」
「まあ、では魔法に関して学園で学ぶことはもう殆ど無いのでは‥‥?」
「水魔法はカリス領で訓練するのが一番だけど、できれば他の属性も専門の講師に習ってもっと上げておきたいんだ」
うーん、はるか未来で辺境伯になる事も考えたら、成長期の今のうちに腕を磨いておくのがいいのは分かるけれど、お兄様はまだ14歳。
「お兄様、たまには息抜きもなさって下さいね?」
「うん、僕の楽しみはリーディアを愛でる事だから、出来れば手紙を書いてくれると嬉しいな」
「それはもちろん。他にはありますか?」
「んー‥‥特にはないかな」
「欲がないのね、お兄様」
「いや? 僕はとっても欲張りだよ」
彼が笑顔で答える。
気にしないようにしていたのだけれど、“花のワルツ”が最終章に入ると、目の前が涙で霞んで来た。大好きなお兄様ともうお別れだと思うと、どうしても止められない。
横に流していた視線を正面に戻したら、彼は少し微笑んでじっと私を見ていた。
反射的に下を向いてしまう。
身体を引き寄せられ、耳元で声がした。
「リーディア、泣かないで。大好きだよ」
目を閉じてしまった私に優しく届く。
ふわりと身体が浮いたので目を開くと、大小沢山のシャボン玉がいきなり現れて私達の動きを追うように流れ出していた。周りからも歓声が上がる。
下を見れば、お兄様が私のウエストを持って上に掲げているのだと分かった。そのまま何度かターンして私を下ろす。
再び組んで踊り続けるけれど、シャボン玉はふわふわ舞っており、消える事はない。お兄様の魔法だとやっと気付いた。
驚きが収まらないうちに曲が終わり、お辞儀をする。涙も引っ込んでしまった。
その後、お兄様の魔力を注いで作った魔法石のペンダントをプレゼントされて、「行ってきます」と額にキスを残し、本当に出発してしまった。
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これで第一章は終了です。読んで下さってありがとうございました。
私は花のワルツのピアノバージョンが大好きです。




