番外編2 お兄様の夏休み(11話の前)
ペンタクルス領に来て数日経ち、お兄様とルイス様が合流した。
船上パーティーが開催される日まで楽しく過ごしたかったけれど、海賊対策をしていたらパーティーまで残り二日となってしまった。
学生の私はまだ夏休みが残っているのに、お兄様の自由になる連休は二日間しかないのねと思うと、罪悪感を抱いてしまう。
他のみんなもそうだったらしく、ルイス様はカミラ様と一緒に公爵邸に招待されたとかで、二日間留守にするからと使者様を連れてこの私邸を出て行かれた。
「気を遣ってくれたのかな」
玄関まで見送って、お兄様は伸びをする。私も、一昨日からヒールの高い靴を履いての外出を重ねていたので、少し休みたかった。
手を繋いで部屋に戻りながら尋ねてみる。
「ディラン様、何かやりたい事はある?」
「んー‥‥久しぶりに、リーディアの手料理が食べたいな」
そうなのね! 頑張るわ。
部屋でメイジーに髪を編み込みにして貰い、厨房へ向かった。レオから執事長に話を通していたので、中へ入ると、もう食材などの準備が整っていた。さすがシリル様のお邸ね。
お兄様も見学したいそうなので、椅子に座って貰い、せっかくなので海の幸を使用した昼食をメイジー達と作った。
「アクアパッツァ、パエリア、デザートにティラミスです」
一人用に取り分けて、サラダも付けてお兄様の前に並べる。多めに作ったので、私の騎士達も別室で食べている頃だ。
「ありがとう、美味しそうだね。騎士のみんなも手際が良くて驚いたよ」
私もお兄様の隣に座って外の景色を見ながら白身のお魚をいただく。
「ルディはバイトで調理をしていたし、レオとメイジーも寮で料理をする事があるんですって」
「そうなんだ‥‥うん、美味しいよ」
お兄様は笑っている。この後は、ビーチに出て海を眺めながらのんびり過ごす予定だ。
レオが“耐水の防御魔法をかけて海に入ると体が濡れないんですよ”と教えてくれたので、試してみようと思う。
◇◇◇
「わあ、よく寝てますね」
私に付き添ってくれていたレオが言った。
砂浜には屋外用のビーチベッドも設置されていて、私とルディが海で遊んでいる間に、そこに座っていたお兄様が眠ってしまったようだ。メイジーが作った氷の日除けから心地よい冷気が流れてくる。
「疲れがたまっていらっしゃるんですね」
ルディが続けた。私達四人が寝顔を覗き込んでも目を覚ます気配がないわ。
「でもさぁ、せっかく一週間休暇があってさ、往きは転移ゲート使えて前日の夜から合流できたけど帰りは馬車だから、実質5日でしょ? 可愛い奥さんと楽しく過ごそうと思ってたのに海賊対策とかで時間食って、結局2日しかのんびりできないなんて、俺だったら泣いちゃうね」
レオがため息をついた。
「私でも、舌打ちぐらいはするな」
「俺だったら、人の居ない時に海に向かって大声で
“わーーっ”って叫びますね」
「‥‥‥‥」
私は更にお兄様に負荷がかかる事実を知っているから、何も言えないわ。
「姫ちゃんと若は、明日も邸で過ごされるんですよね?」
「ええ、その予定よ」
「じゃあ、邸に居るなら警備は大丈夫そうだし、俺達も出かけるか」
「そうだな。ルディ、どこか候補はあるか?」
「レオさんはまだ市場の見学してませんよね? あそこだったら1日遊べますよ。後はペンタクルス領で有名な武器と防具屋にもご案内します」
「よし決まりだな。朝10時に玄関集合で」
「了解」
「分かりました」
翌日、レオ達を見送ってお兄様と邸内へ入る。
「みんな居なくなったね。気を遣ってくれたのかな」
「そうなんじゃない?」
下から覗き込んだら、笑われてしまった。
今日も昼食は私が作り、その後は私の希望で、砂崩しをする事になった。昨日レオ達に相談したら、単純な遊びの方が疲れなくて楽しいんじゃないかとアドバイスされ、防土の魔法をかけておけば、砂まみれにならなくていいですよと教えて貰った。
お昼までのんびり過ごし、昼食後にビーチへ出る。お兄様が魔法で日除けを作ってくれた。
「それで、どうするの?」
彼の問いに、私は持ってきた棒を見せて説明する。ルディがカリス家の旗のついた棒を用意してくれていた。
「あのね、最初に砂の山と言うか、お城みたいなのを作るの。その一番上にこれを刺して、棒が倒れないように交互に砂を崩していくの」
「城って、こんな感じ?」
私と砂浜の上に座っていたお兄様は、少し考えて手をかざした。砂が勝手に積み上がって行き、見事なお城が出来上がった。
「なにこれ! カリスの辺境伯城?」
精巧すぎて驚くわ。360度どこから見ても隙がない。
分かったわ、お兄様ってお仕事でもこんな感じなのね‥‥多分、周りの期待以上の結果を出してしまうのだわ。でも、公爵家の嫡男だから当然だって思われて、どんどん期待値が上がっていくのね。孤独な立ち位置だわ。
「リーディア、険しい表情になってるけど大丈夫?」
不思議そうに尋ねられる。
「えっと、作戦を練っていたの」
「そう? じゃあ、始めようか。リーディアから取っていいよ」
結果は言うまでもなく、何度も再戦したけれど、全てお兄様の勝利だった。疲れたのでガゼボで休む。私が気の毒だからわざと負けてくれるとか、そんな接待をしないのがお兄様のいいところね。
「ディラン様、楽しめた?」
招かれたので膝の上に座って寄りかかると、笑いながら頷かれた。
「うん、一生懸命な君がとても可愛かったよ」
「それって褒めてる?」
「もちろん」
何度かキスされる。ご機嫌みたいだから、成功したのね多分。
それから二人でお昼寝をして、みんなにも見せたかったのでカリス辺境伯城とワンズ辺境伯城を作って貰っていたら、レオ達が戻って来た。
「おぉすごい。これ、若が作られたんですか? 天才ですね」
「本当だ! もはや芸術ですね、メイジーさん」
「ああ、これは崩せないな」
そのうち、ルイス様とカミラ様も帰宅された。シリル様もご一緒だった。
「どうしたの、楽しそうだね?」
ルイス様は砂のお城をご覧になり、
「この配置だと、アルカナ宮殿はこの辺りかな?」
そうおっしゃって、二つの辺境伯城の真ん中ぐらいに、これまた緻密なアルカナ宮殿を作られた。
「待ってよ、土の王子の俺にも参加させて?」
シリル様も見事なペンタクルス公爵邸と観光地で有名な灯台を建てていく。
私の隣で、お兄様もそれを楽しそうに眺めていた。お兄様は孤独ではなかったのねと分かり、私も安堵した。




