II-32 報酬
翌日の夕方、使者様に邸の結界を解いていただき、指定された黒いドレスを着てホールの中央に立った。使用人には近付かないよう言ってあるけれど、それ以外の見学者が数人いた。
「いつの間にそんな契約結んでたの‥‥私も、ディア姉様ともう一度踊りたいよ」
呟くルイス様の隣にお兄様と使者様、後ろにレオとルディが控えている。
メイジーはヴァイオリンを持って少し離れた場所に立っていた。
「アスモさん」
指輪に話しかけると、血のような赤い瞳を持ち黒い正装を纏った悪魔が現れる。私の前で優雅にお辞儀をした。その手を取る。
「では、参りましょうか」
ホールドを組んで始まりの状態になり、メイジーに合図をする。選曲は彼女に任せていて、私の騎士が奏でたのは“シシリエンヌ”だった。恋の始まりを予感させる軽やかな音色が響く。けれど、悲劇に終わるその物語は情欲と嫉妬の悪魔に相応しいとも言える。
私はアスモさんを観察する。首に結んだクラバットを飾るピンとカフスボタンは碧緑色だ。衣装の生地も上質だし、似合っている。神学の授業で、上級魔族は元は天使だったと習ったけれど、今の彼を見るとそれも納得できる。今日のために仕上げて来たのかしら‥‥1日で?
天幕の中で彼と契約をした時を思い出す。
『いいでしょう。お嬢さんに支払ってもらう報酬は‥‥この騒動が収まってからで構いませんから、私と一曲踊って頂けますか? ただし、ドレスと装飾品の指定を致します』
私が頷くと、彼は微笑んで続ける。
『ワンズ公爵邸でお召しになられていた黒いドレスに、宝石は赤で統一して下さい。選曲はお任せします。お嬢さんの準備ができたら、いつでも良いのでお声がけ下さい』
それだけだった。私が了承すると、彼は機嫌良く刺客達を捕縛していった。
この方とも、とても踊りやすいわ。何かあるかもとずっと身構えていたけれど、終始笑顔だったアスモさんは、ダンスが終わると私の左手を取り口づけた。
「楽しかったですよ、お嬢さん。ありがとうございました。では、また」
するりと赤い指輪を抜き取り、あっさり姿を消してしまった。
「アスモデウスって初めて見たけど、まさかのこっち側の悪魔だったんだね?」
発言したルイス様をはじめ、みんなが私を見ていた。
「こっち側とは?」
質問したら、ヴァイオリンをケースに直したメイジーがルイス様の側に立ち、ルイス様が続ける。
「それはもちろん“ディア姉様を愛でる会”だよ」
「え?‥‥」
全く想像してなかった答えに戸惑っていると、使者様が補足する。
「精霊王も人の子を愛したのです。悪魔がわたくしの乙女を見染めることもあるでしょう」
「‥‥使者様は気付いていらしたのですか?」
「ええ」
えーーーーー‥‥
呆然とする私の隣にお兄様が並んでストールをかけてくれて、それ以外のメンバーは会話しながらホールを出て行こうとしている。
「ディア姉様ってさ、無自覚なんだよね」
「姫ちゃんは昔からそうですよねぇ」
「婚約してるにもかかわらず他の男に優しくするって酷くない? 私は一目惚れだったのにすぐ失恋だよ‥‥ちょっとさ、そこの所をみんなで話さない?」
いや、ルイス様は初見では男性ではなかったような。
「あ、俺酒場でバイトしてたので、カクテル作れますよ。殿下にもノンアルをご用意しましょうか? 使者様とメイジーさんも、良かったら」
「ええ、いただきましょう」
「私も付き合うかな」
メイジーがヴァイオリンケースを片手で背負って後に続く。
「じゃあさ、必要な食材教えてよ。“影”に買いに行って貰うから」
「はいはい、俺メモ取りますね〜」
みんな、いつもよりイライラしてない? アスモさんの影響かしら。でも、使者様は平気なはずだけど‥‥
そう言えば、私も頬が火照って来たわ。両手で頬を挟んでいたら、腰に手が回り、彼の方へ引き寄せられた。
「リーディア、よそ見は駄目だよ。僕を見て」
お兄様だった。
これで大体決着がついたので、月曜日も大丈夫!
がんばるぞ〜




