II-31 決着
トゥラス教強硬派のテロ攻撃は失敗に終わり、アルカナが勝利した。
参戦した学生はその日のうちの帰還が許され、私とお兄様は邸に戻った。
◇◇◇
はぁ‥‥お兄様に話さないと‥‥
バスタブの中で溜息をつく。お湯には、綺麗な花びらが浮いていた。アルマが気を遣ってくれたのね。
「お嬢様、大丈夫ですか? 戦場で何かございましたか?」
髪を洗ってくれているアルマが心配そうにしている。
「ううん、私は後方で軽傷者の手当てをしただけだから」
「さようでございますか‥‥それにしても、真っ赤な指輪ですね、何の石でしょうか?」
結婚指輪の隣で存在感を放つ指輪にも言及する。これ、外れないのよね‥‥お兄様も気付いていた筈だけれど聞かないと言うことは、私が話すのを待っているのね。
「何の石かは、私も知らないの」
“準備ができたら呼んで下さい”って言ってたから、報酬の件が終わるまでは外れないのかもしれないわ。
覚悟を決めて寝室へ行くと、お兄様がソファーに座っていた。
「リーディア、お疲れさま。大変だったね‥‥おいで」
腕を広げられたので、気合を入れて膝の上に座った。お兄様は少し笑って私を抱きしめる。
「リーディア、僕に話すことがあるよね?」
「はい」
お兄様と至近距離で目が合った。
「ディラン様、落ち着いて聞いて下さい」
「うん、いいよ」
なるべく簡潔に分かりやすく説明する。お兄様は黙って最後まで聞いてくれた。
「それで、報酬は何を要求されたの?」
「アスモさんは、私と一曲踊りたいと」
「いつ?」
「いつでもいいらしいので、明日済ませます。アルマにもそう伝えてあるわ」
「僕も見学するね」
「ええ、構いません」
思ったよりも冷静だわ。これなら無事に終わりそうかしら?
「ディラン様、怒ってないの?」
「うん、気分は良くないけど、あの場は君の判断が最善だと思うし、護衛を離れさせたのもこちらの落ち度だ」
「良かった‥‥」
心配だったの、お兄様と仲違いはしたくない。安堵の息を吐いて彼の胸に体を預けたら、労うように頬にキスされた。
「怖い思いをさせてごめんね。明日も報酬の件は我慢するから‥‥夜は僕と一緒に居て」
「ええ、もちろん」
「何かして欲しいことはある? 物でもいいよ。辛い目に遭わせたお詫びに、欲しいものがあれば、何でも買ってあげる」
欲は尽きないように思えるけれど、今回の件ではっきりした。私が望むものはひとつしかないと言うこと‥‥伝えてみようかしら。
体を起こし、気遣うような彼の目を見て告げた。
「私はディラン様が欲しいです」
刺客に剣を突き付けられ、もう終わりかと思った時、私の心残りはお兄様だけだった。
「え?」
珍しく彼の耳が赤くなっている。もう何年も前に私の本来の胸の大きさを知った時以来だわ。
「私はディラン様と仲良くしたいです」
もう一度言ってみる。お兄様は戸惑った表情をしたあと俯いた。
「うん‥‥まさか、君に求められる日が来るなんて‥‥嬉しくて思考が止まってた」
甘えるように胸の辺りに顔を付けて抱きしめられたので、その柔らかい銀髪を撫でた。
こうやって落ち着いた頃に今日一日の出来事を思い出すと、今さらだけど手が震える。大切な人を戦場に送り出したのも、あんな大量の悪魔を見たのも、大勢の怪我人を手当てしたのも、刃物で直接脅されたのも初めてだった。
平気だと自分に言い聞かせないと前に進めそうになかったからずっと言って来たけれど、本当は怖かった。気付いたお兄様が、体勢を変えて抱きしめ直してくれる。
「もう大丈夫だよ。今夜はずっと傍にいるからね」
宥めるように背中を撫でられる。
「ディラン様‥‥怖かったわ」
「うん」
こうやって受け止めてくれる人がいる私は幸せだと思う。カミラ様も今頃、ルシファー様と会えているかしら。
震えがおさまると、深呼吸ができるようになって来た。いつものお兄様の良い香りに包まれると安心する。
「リーディア‥‥まだ、僕と仲良くしたい?」
しばらくして尋ねられ、私は頷いた。
「ふふ、ありがとう。僕もだよ」
そう言ってベッドに運ばれ、お兄様はこの数日間を埋めるように夜通し優しく触れて下さった。




