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カリス公爵令嬢は幸せになりたい  作者: 成海さえ
第一部 第一章 幼少期(12歳まで)
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1-10 お兄様の今後

「と言う訳で、私のイメージは清楚系で通す事になりました」


 その日の夜、お兄様がいつものごとく寝室に訪ねて来られたので、結果報告をした。


「うん、リーディの外観に合ってると思うよ。それで、所作の方も修正が入るの?」

 その問いに、手元に用意していた扇を開く。


「シスター・リル曰く、例えば清楚な淑女の扇の持ち方と顔の角度はこうなのです」

 私は指を揃えて扇を支え、顔を少し傾けた。

 お兄様はきょとんとしている。


「えっと、その角度限定なのかな?」

「さようでございます」

「型があるなんて異国の民族舞踊みたいだね。でも確かに、そうすると綺麗だよ」


 お兄様は私のやる気スイッチを押すのが上手だ。そんな笑顔で言われたら、じゃあ頑張ろうかなって思ってしまう。


「そうだ、もっと先の話になるんだけど‥‥」

 ベッドに腰掛けたお兄様が嬉しそうに続ける。


「王都の魔法学園に入学したら、都合をつけて官吏の業務も少しずつ覚えていきたいと思ってるんだけど、僕にも俸給が出るらしいんだ」


 “綾”の世界で言うアルバイト扱いなのだろうか。私は頷いた。


「それでね、リーディの入学まで2年間あるから、それを貯めておいて、入学パーティー用のドレスをプレゼントするよ。デビュタントの衣装は母上が準備したいだろうしね」


「えっ、そんな大切なお金を私のドレス代に使っても良いのですか!?」


「うん、ぜひ受け取って欲しいな」


「‥‥嬉しいわ!ありがとう!」

 私はお兄様に抱きついた。それを受け止めたお兄様の腕にぎゅっと力が入る。


「‥‥それでね、今日お祖父様に会って王都に引っ越してからの僕の学業と仕事の両立についてご相談して来たんだけど‥」


 いつも穏やかな声が沈んでいる。どうしたのかしらと顔を上げると、困ったような表情が目に入った。


「入学後の2年間で習得しておきたい事項が多すぎて、ほぼ学園と寮と父上の職場で過ごす事になりそうなんだ。もちろん休日返上でね」


「と言うことは?」

 続きを促すと、お兄様は目を伏せてこつんと額を合わせた。


「‥‥リーディに会う時間が取れないと思う‥‥」


「ええーーーーーーーっ」


 だって夏休みとか冬休みとか普通にあるのに。その時期に合わせて王都に行ってお兄様と遊ぶのを楽しみにしてたのに‥‥っ!


 自然が豊かなカリス領も大好きだけど、お兄様の入学に合わせて私も王都のタウンハウスに引っ越したいとお父様にお願いするのも良いかなって思っていたのに‥‥っ!


「ごめんね、リーディ」


「私、2年間もお兄様に会えなかったら、寂しくて死んじゃうと思うわ」


「2年後に君が入学したら、それ以降はまた一緒に過ごす時間を取れるようにするから。ね?」


 お兄様の綺麗な瞳が揺れている。困らせたい訳じゃない。でもとっても寂しいの。

 私はふいと顔を背けた。


「お兄様は最近、このお部屋に泊まってくれなくなったわ」


「うん、リーディも10歳になったからね。婚約してるとは言っても同じ部屋では寝ない方が良いかなって」


 なぜダメなのかは、17歳の“綾”の記憶があるから分かる。だけどお兄様から距離を置かれているようで寂しい。

 俯くと、ずっと私の身体に回している大好きな人の腕が見えた。放してくれないのは、不安だからだろう。


「あのね、リーディア。僕の当面の目標はその時によって変わるけど、最終目的はいつも一緒だよ」

 ええ。以前にも話してくれたわ。最終的には私と早目に結婚して一緒に暮らしたいって‥‥!


 顔を上げると、お兄様の天使の憂い顔が鼻先にあった。


「お兄様、お願いがあります」


「うん、何?」


「お兄様も14歳になって王都に行ったら社交界デビューでしょ? 公爵家の嫡子だもの絶対あちこちから招待状が届くわ。そして、沢山のご令嬢からダンスを申し込まれたり、色目を使われたりするのよ」


「‥‥それで?」


「私、自分の初めてはお兄様に相手になって貰いたいし、お兄様の初めても私じゃないと嫌なの」


「うん、もちろん」


「だから、王都に行く前に、正装で私と踊って! それをお兄様のファーストダンスにして欲しいの」


「いいよ」

 即答して、お兄様は微笑んだ。


「ちなみに、リーディアが入学するまでその類のお誘いは断るつもりだよ。確かに、年頃の子息令嬢が多いパーティーは恋人探しみたいになりがちだけど、僕には婚約者が居るから必要ないし、君のデビュタントが終わってから一緒に出席しても遅くないと思う」


 そう断言して貰えると安心するけど‥‥周りが放っておいてくれるかしら?

 その視線を受けて、お兄様は私の頭を撫でて呟いた。


「王命になっちゃうと断り辛いから、母上を通じてあちら側の方達にもお願いしとかないとなぁ」


「色々考えてくださっているのね?」


「それはそうだよ」


 御歳12のお兄様は、ふっと大人びた笑みを見せた。


「だって結局は僕がリーディアを独り占めしたいんだ」

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