II-28 お客様
邸には、水の中央精霊神殿長が使者様に面会したいと訪ねて来られていた。執事長が使者様にそれをお伝えすると、面会を拒否されたそうだ。
「話だけでも聞いていただけませんか?」
神殿長が粘っているところに私達が帰宅となり、とりあえずお兄様と私が応接室で対応している。
「他宗教からの犯行予告があり、国民は不安を感じていることでしょう」
神殿長が話し始め、耳を傾ける。ルディがお茶を配り終えて後ろへ下がった。今日はレオとメイジーも残っている。
「精霊王からの神託はございませんでしたが、使者様から御言葉があれば、国民も安心すると思うのです」
それはそうよね。だけど、使者様は表に出ることを避けていらっしゃるし、神殿長との面会を拒否されたと言うことは、もう答えが出ているのではないかしら。
お兄様が口を開く。
「確かに使者様の御言葉は、国民を安心させる材料になるでしょう。ただ、犯行予告を行った強硬派を更に刺激する可能性もあります。穏やかに過ごしたいと言う使者様のご希望にも反しますし、もう少し考えられてはいかがですか?」
「いえ、国民は神の御言葉を待ち望んでいる筈です」
ご高齢の神殿長はお兄様の隣に座る制服姿の私を見て語りかける。優しい表情と声音だった。
「お嬢様は使者様に大変気に入られていると伺っております。国民のためにも、どうかあなたから頼んでみていただけませんか?」
「申し訳ございませんが、私も夫と同じ意見です」
それを聞いて、神殿長が大きな溜息をついた。お忍びで来たのかお供は1人しかおらず、その神官も私達を見下したような目をしている。
あら、何か頬が熱くなってきたわ? 不思議に思って隣を見たら、お兄様は冷静に向き合っていた。こんな時なのにキュンとする。
「‥‥全く、どいつもこいつも‥‥」
神殿長の口調が変わったので、驚きを隠しつつその表情を確認すると、目の焦点が合ってないようだった。
「せっかく水の試練が発生したのに、あの位の発言で騒ぐとは大げさな!‥‥次期総長候補だったのに‥‥何とかして取り返さねば」
呟きが怖い。どう考えてもおかしいわ。
その時、ノックの音がしてルディがドアを開けると、執事長の後ろに使者様が立っておられた。お兄様と私は立ち上がり、お辞儀をする。
「またあれが来ているようですね」
使者様が手を叩くと窓が開いて、風が外へ流れた。ぼんやりしている神殿長の正面で再び手を叩いて告げる。
「精霊王は、既に試練を乗り越える力を人間に与えていらっしゃいます。わたくしが直接関与する事はありません。もうお戻りなさい」
アスモさんが居たのね‥‥通りでおかしいと思ったわ。使者様のおかげで我に返った神殿長にお兄様が話しかけた。
「まだ強硬派の犯行予告が発表されたばかりで、僕も妻も混乱しているようです。申し訳ございませんが、この件はまた日を改めて頂いてもよろしいでしょうか?」
執事長に合図をしてお二人を玄関へ誘導している。使者様は『邸に結界を張りましょう』と仰って部屋を出て行かれた。
お見送りをして部屋で着替え、夕食などを終えるともう夜だった。寝室に入ったら、既にお兄様がソファーに座っていた。
「落ち着いた?」
そう聞かれたので、隣に座りつつまだ少し熱を持つ頬に手を当てる。もう少しかしら?
首を傾げていたら、お兄様は自分の寝衣のボタンを上からいくつか外し、襟元を少し崩して鎖骨を出した。そして私に向かって両手を広げる。
「はい、おいで」
「ディラン様、私はそのような誘いには乗りません!」
目の毒なので、体ごと反対を向く。心臓がうるさいわ。早く治まればいいのに‥‥後ろから抱きしめられたので、自分の体に腕を回して我慢する。
「なんでディラン様は何ともないの‥‥」
「どうしてだろうね? 以前、エストリアの皇太子殿下が仰っていたように、影響を受けやすい人とそうでない人が居るんじゃない?」
「ずるいわ、私だけドキドキしてるなんて」
「僕もいつも君にドキドキしてるよ?」
くうっ、耳元でいい声が‥‥でも悪魔に触発されてお兄様に手を出すなんてしたくない。
「ディラン様、あんまり意地悪が過ぎると、明日からしばらく寝室を別々にします」
そう宣言したら、お兄様はすぐに離れて冷たいお水を持ってきてくれた。
いつも読んで下さってありがとうございます。
このままのペースだと気になる場面で日曜日が終わりそうなので、この土日は2話ずつ更新したいと思います。
そうすれば、とりあえず決着するので大丈夫かなっ。
お楽しみに〜!




