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カリス公爵令嬢は幸せになりたい  作者: 成海さえ
第二部 魔法学園二年生(15〜16歳)
105/172

II-26 温室にて

 私の住む邸はカリス辺境伯夫妻が所有していたものなので、お祖母様の趣味に合わせた可愛い温室が設けられている。


 12月に入って外はもう寒くなり、使者様と温室でお茶をする事も多くなった。使者様は飲み物しか召し上がらないので、私もお茶だけにしている。

 陽が傾いたお庭を眺めながらお天気の話をしたり、学園の話をしつつ、アルマがカップの交換をしてくれているので、少し体を避けていたら、急に彼女の動きが止まった。


「こんにちは、お嬢さん」


 この重く響くような低い声は、聞き覚えがある。

 私は立ち上がり、彼に向かってお辞儀をした。


「お久しぶりです、アスモさん」

「わたくしの乙女に何のご用ですか?」


 横から使者様の声が重なる。さすがにこの方は影響を受けないのね。


「おやおや、水の御方ではございませんか。ご機嫌よう」


 今日は人間の姿をしている彼は、使者様に向け帽子を取って挨拶する。


「近くまで来たものですから、お友達になったこちらのお嬢さんにもご挨拶をと‥‥」


 使者様は溜息をついているけれど、それ以上は何も仰らなかった。


「近くまでとは、どちらにご用だったのですか?」


「エストリアからこちらの国王陛下に伝言があったのです。それは済ませましたので、ついでにお嬢さんの顔を見に寄った次第です」


 アスモさんが絡んでいるなら、良い内容ではなさそうね。使者様がいらっしゃるので席を勧める訳にもいかないし、ここは、怖いけれど帰っていただこう。


「そうでしたのね、お気遣いありがとうございます。おもてなしもできず、申し訳ございません」


 それを聞いたアスモさんは、楽しそうに目を細めた。


「いえいえ、アポも取らず私が勝手に寄っただけですので、お気遣いなく‥‥また寄らせて頂きましょう。お嬢さんは、凡人なのに勇気がありますね?」


「ええ、わたくしの乙女は可愛らしいでしょう?」


 使者様の発言に、アスモさんは笑顔のままお辞儀をした。

 彼の姿が消えると同時にアルマが動き出し、新しいカップが私の前に置かれる。とりあえず、落ち着こうとそれに口をつけた。


「姫、そろそろ若がお戻りになる時間です」


 何事もなかったかのようにメイジーが告げて、私と使者様は玄関へ向かった。


◇◇◇


「ただいま、リーディア」


 お兄様のキスを頬に受ける。赤くなっているのに気付いたはずだけれど、何も言わない。


「それでは失礼します」


 レオと、最近はメイジーも早目に帰宅するようになっていた。使者様もこの時間からは自由行動だ。

 お兄様に促され二人で彼の部屋へ歩き出す。私は時間が合えば着替えを手伝っていた。少しして隣の彼がこちらを見て苦笑する。


「リーディア‥‥また会ったの?」


 そう問われ、頷いて口を開いた。

「今回も短時間だったし、使者様が同席されている時だったから大丈夫よ」

「でも、顔が赤くなってるよ?」


 彼がドアを開けてくれて、一緒に部屋に入った。

「これは‥‥お会いしてまだあまり時間が経ってないから」


 お兄様が脱いだコートとジャケットを受け取り、ハンガーに掛ける。アスモさんは情欲と嫉妬の悪魔なので、私の場合は彼に会うと、情欲の影響を受けるらしい。

 具体的には‥‥お兄様に触れたくなってしまうのだ。


「リーディア」


 背中を向けてしまっていた私に、お兄様が話しかける。背後から腕が回って抱きしめられた。良い香りがする。


「僕を見て貰えないのは、寂しいな」

「分かりました、正面を向きますから」


 振り返ると、ちょうど着替えていたのかシャツがはだけており、視線を逸らす。とりあえず今は上だけ着替えて食事→入浴となっているので、もう少しで終わるはず。


 なんか苦行だわ。触れたいのに触れられない‥‥いや夫婦なのだから触れてもいいのかもしれないけれど、淑女がする事ではないわ。


「リーディアは、意外と頑固なんだよね」

 我慢している私の肩に手を添え、お兄様が顔を傾けて唇にキスをする。

「ディラン様‥‥!」

 口を押さえて抗議すると、彼は楽しそうに笑った。



 そんな時間を過ごしていた日の夜、強硬派から犯行予告が行われた。

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