II-25 用務員室
「ええーっ、悪魔がなぜディア姉様に? 上級魔族相手だと、“影”でも厳しいかもしれないなぁ」
授業中に悪魔に会ったと話したら、ルイス様が驚いたあと溜息をついた。
「リーディア、何もされてない?」
お兄様も心配そうに私の顔を覗き込む。考えてみると、ワンズ公爵邸のパーティーで私の様子がおかしかったのは、おそらくアスモさんの影響だわ。今回は時間が経っているからか、お兄様のお顔を見ても頬が熱くならない。
私は、お祖父様も含めてみんなにアスモさんから聞いた話を伝えた。
「ソード大公、よろしいですか?」
話を聞き終え、ルイス様がお祖父様に了承を得たうえで私とお兄様を見た。
「実は、トゥラス教強硬派の件は、先日エストリアからも報告があってね、もう対策を取ってあるんだ」
「と言いますと?」
お兄様が続きを促す。
「第一に、強硬派の資金源を断つために、活動拠点となっているモンテネール聖神国が、繋がりのある有力貴族や団体を洗い出している。第二に、悪魔と戦闘になった場合、エストリアの全面的な武力支援を受けられる事が決まったんだ」
そこまで話が進んでいるなら、何とかなりそうな気がするわ‥‥私は息を吐いた。
「その強硬派の依頼を受けた悪魔をこちらが呼び出して、先の依頼を取り消すことはできないのでしょうか?」
お兄様が二人に問いかける。
「ベルに直接尋ねたんだけど、一度引き受けた依頼は取り消せないみたい。それと、ディア姉様が会った悪魔の言う通り、国家間の争いには関与したくないんだって。最悪、唯一神に存在を消されちゃうらしいよ」
「エストリアの武力支援を受けられるのでしたら、皇帝陛下や皇太子殿下の使い魔も参戦するのでは? それは大丈夫なのですか?」
「“悪魔の深淵”はエストリアの国境にも接しているから、国を守るためと言う名目なら今回はセーフらしいよ」
そうなのね‥‥私は良かったですね、と隣のカミラ様に微笑みかけた。一呼吸置いて、笑顔が返ってくる。あら、どうしたのかしら?
「さあ、難しい話はそれくらいにして、おやつでも食べなさい。ディラン用に甘くないものも用意してあるからね」
お祖父様自らがお茶の用意をしてくださったけれど、念の為私は飲み物だけにしておいた。ちなみに、最近のお昼は学食ではなく邸でお弁当を作ってもらっている。
「そう言えば、今日は学園で小さないざこざが数件あったみたい。その悪魔の影響なのかな?」
ルイス様の言葉に、私は頷く。
「情欲と嫉妬に関するものでしたら、無関係ではないかもしれません」
「エストリアではどうなの? 使い魔が何人かいるけど、あんまり被害なさそうだよね?」
ベリーを使った大人向けのモンブランを召し上がっていたカミラ様が、フォークを置いた。
「ベルやパイモン等、周りの人間に影響が出そうな上級魔族は、自分達で力を抑えているそうよ」
「そうなんだ、ではアスモデウスって悪魔は、敢えてコントロールしてないって事か」
考え方が悪魔らしいね、とルイス様が仰る。
私はフルーツタルトを美味しそうに召し上がっているお祖父様に尋ねてみた。
「お祖父様は、悪魔をご覧になった事はありますか?」
「ああ、あるよ」
そのお返事に、みんなの興味が集まる。お祖父様は懐かしむように微笑んだ。
「エストリアの現皇帝陛下が即位された頃に、マリッサに会いに来た事があってね、その際に使い魔も一緒だったよ」
「お祖父様もベルに会ったのですか?」
カミラ様が尋ねる。
「いや、あの時はベルではなく、ルキと呼ばれていたな?‥‥フードを被っていたし仮面もつけていたから、使い魔の顔はよく分からなかったが。皇帝陛下がデビュタントを終えた頃だから、約30年前だよ」
では、途中から使い魔が交代したのかしら。エストリアに関しても、まだまだ分からない事が多いわね。




