II-23 宗教事情
この世界で一番規模が大きな宗教は、唯一神を祀るトゥラス教だ。そこから派生してその土地に合ったものに変わったり、御使いとされる天使を崇拝する宗派もある。
「リーディア、夏に水の中央神殿長が会食で失言したの覚えてる?」
パーティーの衣装を着替え、落ち着いた頃にお兄様から話があった。水の中央神殿長の失言とは“アルカナだけは精霊王のご加護が強いから何があっても大丈夫”と他の宗教者の前で自慢した事だ。
「ええ、その件で何かあったの?」
「うん、トゥラス教の中でも、自分達の宗教以外認めないと主張する強硬派がね、それに対して怒りの声明を発表したらしい」
「声明文は何て?」
「全文は分からないけど、精霊信仰への非難に加えて“アルカナには近いうちに唯一神からの裁きが下るだろう”と書かれてあったそうだ」
「でも、それはトゥラス教の中でも強硬派だけの主張でしょ?」
「うん、それで今モンテネールから使者が来ていて色々調整しているらしいよ」
そうなのね。心配だけど、結論が出るまで待つしかないのかしら。熱を持っている頬を押さえながら聞いていると、お兄様が私の額に手を添えた。
「パーティーの途中から、ずっと赤いよね? 熱はないようだけど‥‥大丈夫?」
「ええ、何か今夜はおかしいの。他の方と一緒の時は何ともないのに、ディラン様の側に居ると、心臓がうるさくて」
「僕の時だけ?」
「そうよ」
お兄様が顔を近付ける。私の顔が赤くなるのを見て、ふふっと笑った。
「面白がっているのね?」
「ううん、嬉しがってるよ」
そのままキスされる。まあ、お兄様が喜んでくださっているのなら、良しとするわ。
今日のパーティーを思い返してみる。カミラ様と全くお話しできなかったのが残念だわ。お二人の睦まじいお姿を拝見できたのは良かったけれど。
「カミラ様は、エストリアに嫁いだら宗教も悪魔信仰に変えないといけないのかしら?」
「どうだろうね。皇太子殿下の様子を見ていたら、精霊信仰のままでも許される気がするけど。それに、あの国は悪魔の血を引く皇族が生き神のようになっているからね」
「夏の宗教者会議には、エストリアの皇帝陛下がご出席されたのよね?」
「うん‥‥あ、エストリアと言えば、ルディが使い魔のベルと文通してるらしいよ。レオが言ってたけど、ちゃんと返事も書いてくれてるって」
「そうなの? 報酬なしでお返事が貰えるのだったら、ベルとお友達になったのかしら」
「アルカナの有名店のチョコレートを一緒に送ってるみたいだよ。ベルの好物だとか」
「報酬ありなのね‥‥でも上級魔族と文通なんて、ルディはすごいわ」
「ふふ、そうだね」
ようやく火照りが取れてきたので、顔から手を外す。
「ディラン様、なぜ笑ってるの?」
「リーディアは可愛いなあって」
再びキスされて、抱きしめられる。
「本当に、お酒も飲んでいないのに何だったの、あのほてり‥‥お料理にアルコールが入っていたのかしら?」
「時間が経つと治まってるみたいだから、そうかもね」
私はお兄様の肩に頬をつける。
「精霊王の御言葉とは関係ないかもしれないけれど、落ち着くまでしばらく外で食事は控えようかなぁ」
「もしくは、メイジーに先に食べてもらうかだね」
「わかったわ、馴染みのシェフが作ったもの以外は口にしないようにする」
「そう」
お兄様は私の頭を撫でた。
「君は色んな物を引き寄せやすいから、気をつけて」




