初ゾンビ
俺達がバスに乗り込むと
牧野ともう一人、優しそうな男女…判別できない奴が運転席に座っていた。
牧野は全員乗り込んだのを確認すると
大きな声で運転席の男?女?を紹介し始めた。
「みんないるな。紹介する。この男は鷹飛千鶴。もう一人のお前らの上官だ。挨拶をしろ。」
「千鶴です。宜しくお願いします。僕は牧野みたいに立派ではないけど、みんなの力になるから。頑張って。」
千鶴さんは男らしい。千鶴さんの声は中性的で見た目では判別つかない程だ。
みんなが千鶴さんに挨拶するとバスは動き始めた。
僕は進むゆくバスの中、隣の席に座った剃り込みのヤンキー男に話しかける。少し躊躇はしたが、今後一緒に活動するのなら会話ぐらいはした方がいい。
「こんにちは。俺は光輝。宜しくね。」
我ながら普通に挨拶できたと思う。そのおかげか隣の席に座った剃り込みヤンキーは驚くものの挨拶を返してくれた。
剃り込みヤンキー「おう、宜しくな。俺の名前は松前藤真ってんだ!藤真って呼んでくれ!」
「藤真、宜しくね。」
僕達はこの会話を皮切りに仲良くなった。藤真が志願した理由は日本の領土を奪還したいという俺と同じ愛国心の元だった。俺らは時間も気にせず会話し、気が付けば、連絡橋を半分も渡った頃だった。
僕と藤真…全員が呑気に会話をしていた…その時だ。
突如として千鶴さんが叫ぶ。
「みんな!伏せて!」
千鶴さんの声を聞いた全員が頭を抱え、衝撃を吸収する姿勢を取る。バスは激しく回転し、一部は悲鳴を上げる。
バスが止まると牧野さんと千鶴さんはすぐに外に出る。
窓なら様子を見るとゾンビ達が外にいた。
よく見るとゾンビにはエラがついている。
恐らく変化からして水の中で生活しているのだろう。
ゾンビは変化するんだそんなことを思ったのは束の間。
「ギィラァァァァ!」
エラゾンビはこちらに向かって突進を開始する。
俺達はどうにかしようにも武器がない。
武器がない人間がゾンビに対してはなにもできない。
だけど、
俺は周りを見渡す。
みんな怯えている。目尻に涙を浮かべる者。手足を震わす者。みんなみんな怯えている。
俺がなんとかしないと動ける俺が…
ガシャッン
運転席の窓が破られ、エラゾンビが一体中に入ってゆく。
ゾンビは水まみれで運転席からビシャビシャと音を立て、床を唾液と水で濡らしている。
"殺らなければ殺られる"
みんな、そう感じるものの動けない。
このゾンビに恐怖しているのだ。
みんな手足が痺れ、口から言葉を上手く発することができない。
みんなみんな恐怖に支配された。
「おい、こっちだ。」
俺は違う。こんなことでは国を奪還できない。愛する日本を奪還することはできない。ここで動けない奴がゾンビを殺し、日本を救う?笑止千万!ここで動けない人間に価値はない。
「ゾンビなぞに臆してられるかぁ!」
俺は席から立ち、スタートを切る。隣の藤真が何が言った気がするが…別に大事なことではないだろう。
俺はゾンビの喉まで接近する。
「喉を潰してやるよ!」
俺は渾身の蹴りを奴の喉元に食らわす。
エラゾンビはあまりの威力によろめき、そのまま運転席の方へ倒れこむ。
だが、蹴った俺が奴に恐怖を覚える。奴の汚水と腐敗の進んだ匂い、奴のギョロッとした魚と人間の中間の目、耳と思われるエラ、元人間と思えない程の牙、その全てが俺のゾンビの前提を覆し、俺に恐怖を与える原因。
俺は恐怖に呑み込まれそうになった。
だが、その時
「よくやった貴様。よく時間を稼いでくれた。」
牧野さんと千鶴さんがバスに戻ってきたのだ。
"助かった"
俺は心の底から安堵した。
やっと頼れる人間が来た。
俺の体から力が抜け、その場に座りこむ。
「よく頑張ったね。じゃあ、ゾンビにトドメを刺すよ。」
パン!
銃声がバスの中に響いた。これにて一件落着だ。
あれ…なんだか…意識が…
俺は張りつめていた緊張の糸が切れ、その場で意識を失った。