過去に縋る
「なぁ桃煙もえん。デート、行かない?」
そう、私の転校前までの名前は綾瀬桃煙。机に肘をつけこちらを見つめてデートに誘ったのは、大好きなお兄さんの白神さん。私と同じ赤とグレーのオッドアイに、右頬には十字に点が2つタトゥーが刻まれていた。髪色も私と同じ桃色だが、少し色素が薄かった。
彼とは容姿の特徴が似ていて、タトゥーがあるかないか、髪色が濃いか薄いか、男か女かの違いだった。血縁でもないのにここまでの共通点。きっと彼と私は運命だと思った。
先程デートに誘われたが、彼と私は決して恋人ではない。彼にとっては私のことは妹か何かだと思っているし、私も彼の傍に居られるならこの関係性もいいなと思っていた。
過去に好きだと告白しようとしたことがあったが、それは最後まで言わせて貰えずただ困ったように笑うだけだったし、肝心の名前を私は教えてもらうことが出来なかった。ただ彼は白神としか名乗ってくれなかったのである。
「うん、いいよ。お兄さんと一緒に居られるならどこでも行くよ私。」
そう答えると、やはり彼は眉を下げ困ったように笑った。
「…なあ桃煙。もし俺が突然いなくなっても探さないで忘れてくれ、絶対に。」
突然、彼にしては珍しく真面目な顔で私に告げた。突然居なくなる?忘れてくれ?私には理解できない言葉だった。
「俺さ、最近変な夢を見るんだ。聞いてくれる?」
そう言い、返事を待たずに窓の外を見つめながら話を続けた。
「目を開けるといつも、ある暗い部屋の中に立っているんだ。辺りを見渡すと、沢山の鏡に囲まれていて、部屋の中にはベッドとクローゼットしかなくて扉は鍵が壊れているんだ。そして、不気味な怪物とかくれんぼするんだ。」
「お兄さんの他には誰も居ないんですか?」
その問いに遠い目をするお兄さんを見る。しかし逆光で顔の表情がよく見えなかった。
「いいや、初めて見た時の夢はバ先(バイト先)の先輩と一緒だったよ。その後からはずっと1人だった。」
「なんで私じゃなくてバ先の先輩がお兄さんの夢に出てくるんですか!?…はっ、まさか浮気?」
「ははっ、浮気はしてないよ。まあ、ともかく最近悪夢続きでさ気分転換にデートしたいわけ。」
もちろんデートしてくれるよね?と聞いてくれたが、拒否権のないお兄さんらしい誘い方だ。
なにより彼が他の女の人じゃなく、私を選んでくれた事実がとても嬉しかった。
「そんな理由ですか、いいですよ〜?お兄さん大好きなこの私がデート行ってあげます。で、何時ですか?」
「んー、そのうち分かるよ。とりあえず今日は早く寝てね、絶対に。」
含みのある言い方が気になったが、とりあえず今日は夜更かししないで早く寝てしまおうと思った。