第8話 お茶会
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
・赤羽まりも…同じクラスの娘、バトミントン部、行方不明
・神山えびの…同じクラスの娘、弓道部
・日高志麻…同じクラスの娘、写真部
・村山こがね…隣のクラスの娘、家庭科部部長
・出雲小町…隣のクラスの娘、バトミントン部、まりもの友達
・穂高江佐志…担任の男性教師、担当は英語、パソコン部顧問
・阿賀野…女性教師、担当は体育
・渡月…女性教師、担当は家庭科、家庭科部顧問
「ねえ、大宣くん。すずらんって、機能増やすことってできないの?」
お昼を食べ終え、すずらんに何かをしている大宣に、つばめは、炒ったピーナッツを、ぽりぽりと食べながら尋ねた。
現状では、勝手に喋り出す携帯電話にしか感じない。
それを聞いたすずらんが、LEDを、激しく赤く点灯させた。
例えば、どんな機能が欲しいのかと、大宣が聞くと、つばめは、少し考え、変声機とか、麻酔針撃てるとかと言い出した。
大宣は、冷めた目で、つばめをじっと見た。
それ、昨日の夕方見たアニメの話じゃないか、そう言ってやろうと思ったが、ぐっと堪えて、つばめの食べているピーナッツを少し摘まんだ。
何に使う気かは知らないが、変声機能なら付いてる。
ただし、つばめちゃんの声は、消せないが。
私の声まで聞こえたら、意味が無いと言うつばめに、大宣は、音を消すのは、もの凄く高度な技術なんだと説明した。
それと、麻酔針は、普通に薬事法違反。
「何だ。使えなぁい」
すずらんのLEDが、更に赤く激しく点滅した。
どうやら、そうとうご立腹らしい。
人を、太っちょの爺さん科学者と比べやがってと、大宣も、かなりムッとした。
だが、ここで怒るのは、さすがに大人げないと感じたらしい。
つばめの前で、指を左右に振って、ちっちと、舌で音を鳴らした。
それは、はさみを手に、大根をおろせるようにならないのって、言ってるようなもんである。
そんなこと言う人いないよね。
それをつばめちゃんは言っているんだよと、大宣は諭すように言った。
若干、馬鹿にされたと感じたらしく、つばめは、少し不貞腐れた。
つばめちゃんが、使いこなせていないだけで、すずらんの性能は、凄いんだと言ったのだが、つばめは、今のところ、テストのカンニングと、夕飯の伝言くらいしか、有用性を感じてないと言い出した。
大宣がすずらんを庇ったというのが、すずらんにとっては、嬉しかったのだろう。
LEDを赤からピンクに変えた。
こう見えて、すずらんは、気の利いたギャグまで言えるんだからと、大宣が言うと、すずらんのLEDが、ピンクから、徐々に黄色に変わった。
「私がこんなに凄いのハ、当たりマエダのクラッカーデス!」
つばめは、無言で、大宣の顔をじっと見つめて、ピーナッツをぽりぽり食べた。
大宣は、首を傾げたあと、どこかプログラムにバグが残ってるらしいと呟いて、パソコンで作業を始めてしまった。
「意味のわかんないこと言ってないで、気の利いたギャグってのを、言ってみてよ」
つばめは、すずらんを指でつんつんと突いた。
すずらんのLEDが、黄色から、水色に変わった。
学校中を、キョロキョロと見まわして、監視カメラの場所を、探ってみているのだけど、未だに、すずらんの反応は無い。
一週間、毎日、学校中を歩き回ったが、結局、何の反応も無く、恐らく、もう回収されてしまったのだろうと結論付け、捜索は、一旦打ち切った。
あの日から、小町とは、かなり親密な仲になった。
神山や、志麻と話していると、つばめの教室にやって来て、話に混ざるほどだった。
つばめが、家庭科部に入ったと聞くと、食べさせてとせがんできた。
神山と志麻が、私たちが先だと、小町を牽制すると、小町は、食べられれば、順番はどうでも良いと笑った。
小町の話によると、あの時の教師、『小倉先生』が、まりもを監禁しているという情報は、同じバドミントン部の、『霧島遥香』という、女生徒から聞いたものらしい。
失踪の三日前、放課後に、小倉先生とまりもが、何やら言い合っているのを見たというのだ。
恐らく、あの後、小倉先生に、何かされたんじゃないか。
もしかしたら、赤羽さんは、小倉先生に、監禁されているのかも。
部活が始まる前に、部室で、そう言われたのだそうだ。
小倉先生は、名を『苗羽』というそうで、年齢は詳しくはわからないが、四十代前半らしい。
結婚はしていない。
普段から、かなりデリカシーに欠ける言動が見られるそうで、生徒、特に一部の女生徒から、かなり嫌われている。
もしかしたら、霧島も、小倉先生と何かあって、貶めようとして、あんなことを言ってきたのかもと、小町は言った。
肝心の霧島だが、小町が小倉先生を問い詰めてから、休みがちになっているのだとか。
つばめも、何度か教室を訪ねているのだが、気が付いたら早退してしまっており、ここまで、一度も会えていない。
つばめが入った家庭科部は、かなり男子生徒の受けが良いらしい。
部員は、女生徒ばかり十一人いるのだが、二年、三年の全員が、彼氏持ち。
つばめを勧誘したこがねも、野球部の主将と付き合っているらしい。
こがね曰く、うちの部に入ってると、男子の胃袋を掴めるのだそうで、向こうから、こっちに、すり寄ってきてくれるんだとか。
その中から、気に入った人に、バレンタインで、チョコを渡せば、一発だと、腰に手を当てて高笑いしていた。
「つばめちゃんも、結構狙われてるみたいよ」
こがねは、他の部員と、サッカー部の誰々、水泳部の誰々、バスケ部の誰々と、次々に名前を挙げていった。
残念ながら、どの人が、どの人か、全くわからなかったが。
その週の部活は、茶道部と合同で、「練り切り」を作ることになった。
材料費は、茶道部の部費から出て、一緒にお茶をいただくという流れだった。
白餡にしても、求肥にしても、ひたすら練る工程が多く、体力の乏しいつばめには、苦行以外の何ものでも無かった。
茶道部の生徒も、友人や片思いの人に「おみやげ」を持って帰りたい。
そのため、大量の練り切りが作られることになった。
つばめの取り分ですら、お茶会で食べる分以外に、八個もあった。
お茶の時間が始まると、茶道部の生徒が、茶碗内で茶筅を忙しなく動かし、お茶を立てて、つばめたちに差し出した。
つばめたちは、教わった作法をぎこちなく行い、お茶をすすると、練り切りを口にした。
残りの時間は、歓談の時間である。
茶道部の娘たちは、家庭科部の娘たちが、彼氏持ちなのが羨ましいと、しみじみ言った。
腹を空かせた、学年のイケメンたちが、ご飯の匂いに釣られて寄ってくる。
それを餌付けするだけで良いんだものと、茶道部の部長が笑った。
気に入らなければ、リリースすれば良いんだものねと、別の部員が笑った。
好きな人は胃袋を掴めとは、よく言ったものだと、茶道部の部長がしみじみ言った。
お茶じゃ、お腹膨れないものねと、家庭科部の娘が言うと、茶道部の娘たちが、それだよねと大笑いした。
部活が終わり、教室に戻ると、つばめの練り切りを狙って、何人かの男子生徒が、待ち受けていた。
つばめは、転校してきて日が浅く、他の部員と違って、決まった恋人がいないと思われている。
つまりは、部活で作った料理を、あげる相手はいないと思われているらしい。
八個あるうち、四個は、自分と志麻たち、三個は自分と北斗たちの分。
一個、余剰といえば余剰だった。
友人と、家の人で食べるから。
そう言ったのだが、どの男子生徒も、一個だけと譲らなかった。
そこに、小町がやってきた。
サッカー部の三次という、女生徒に人気の子が、机の正面にしゃがんでいた。
バスケ部の子に肩に手を回され、水泳部の子に腕を組まれていた。
他にも、つばめの肩を掴んでいる子、つばめの背中に手を当てている子がいる。
つばめは、救世主にすがるような思いで、小町を見つめた。
だが、小町としては、かなり判断に困る状況だった。
恋人のいない小町には、このように男の子に囲まれた経験なぞ、わざわざ記憶を辿るまでもなく、一度も無い。
過去に一度、ラブレターを貰ったことがある。
どんな人だろうと、胸を高鳴らせ、待ち合わせ場所に行ったら、下級生の女の娘だった。
思い出したくもない記憶である。
つばめは、迷惑そうにしているが、小町にしたら、普通に羨ましかった。
つばめは、助けてもらえると思っているようだが、小町は、冷たい目で、じっと見つめていた。
それでもじっと見ていると、つばめは、助けてと、声を絞り出してきた。
「どうして? 私、お邪魔みたいだから、お菓子貰ったら、すぐに部活行こうと思ってるんだけど?」
すがるような顔で懇願され、小町は、ため息をついた。
とりあえず、つばめを触っている、男子生徒の腕をつねって引き剥がした。
つばめは、両手が自由になると、胸を両手で押さえ、小さく震えた。
その態度で、小町は、つばめが、心底嫌がっていたのだということを察した。
「もしかして、つばめちゃん、こいつらに、エッチな事されてたの?」
つばめは、頭を小さく縦に動かした。
小町は、眉をひそめると、男子生徒を一人一人、睨みつけていった。
男子生徒たちは、誤解だとでも言いたげに、首を横に振っていた。
そこに、神山と志麻が、練り切りをもらいにやってきた。
「ねえ。えびの、志麻ちゃん、聞いてよ。つばめちゃん、こいつらに、エッチなことされたんだって」
神山と志麻は、つばめに駆け寄り、大丈夫と、子供をあやすように、背中を撫でた。
三人の冷たい視線に耐え切れず、男子生徒は、逃げて行った。
一人、三次だけが残った。
三次も、エロ男子の一員と扱われ、神山と小町に、つばめちゃんが怖がってるから、さっさとあっちに行けと、追い払う仕草をされた。
「俺は、マジで、何もしてないから。富士さんのお菓子が、どうしても食いたいんだよ。腹減ってんだよ、俺」
あまりに、真顔でアホなことを言うので、小町たちは、可笑しくて噴き出した。
可哀そうだから一個あげたらと、神山は、つばめに促した。
つばめは、無言で、練り切りの入った容器を取り出し、その一つを三次にあげた。
小町たちも、一つづつ手に取ると、自分も一つ取り、蓋を閉めた。
「う、うめぇ」
三次は、練り切りを口にすると、静かに目を閉じ、天を仰いだ。
小町たちも、さすがつばめちゃん、料理が得意ねと言って、練り切りを味わった。
「えっ、みんな、毎回、こんな旨いもの食べさせてもらってるの?」
つばめちゃん、料理が上手だからという神山の言葉に、三次は、純粋に羨ましいと言って、残りの練り切りを凝視した。
その視線を感じ、つばめは、残りの練り切りを、そっと、鞄にしまった。
三次は、つばめの顔を凝視して、今度から、俺にも、食わせてとせがんだ。
それを聞いた神山が、三次君なら、ちょっとニコってしたら、みんな作ってくれるんじゃないのと、冷ややかに言った。
三次も、ここで引き下がるわけにはいかないと思ったらしい。
そういう神山さんは、作ってくれるのと尋ねた。
「黒焦げで良ければ」
表情一つ変えずに言う神山を、三次は、じっとりした目で見た。
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