第7話 検知
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
・赤羽まりも…同じクラスの娘、バトミントン部、行方不明
・神山えびの…同じクラスの娘、弓道部
・日高志麻…同じクラスの娘、写真部
・村山こがね…隣のクラスの娘、家庭科部部長
・出雲小町…隣のクラスの娘、バトミントン部、まりもの友達
・穂高江佐志…担任の男性教師、担当は英語、パソコン部顧問
・阿賀野…女性教師、担当は体育
・渡月…女性教師、担当は家庭科、家庭科部顧問
小町と話していると、突然、万年筆から、ぴぴっという音がした。
小町は、携帯電話を取り出し、時刻を確認すると、もう帰らないとと、少し焦った顔をした。
どうしたのと聞く、小町に、帰って、ご飯を作らないとと答えた。
小町は、驚き、複雑な家庭の事情があるんだろうなと、察したらしい。
早く帰ってあげてと、優しく言ってきた。
つばめは、続きは、また明日ねと言うと、小町に、小さく手を振り、教室からそそくさと出て行った。
教室を出て、靴箱に到着すると、つばめは、膝から崩れ落ちんばかりに、強烈な疲労感に襲われた。
つばめにしては、本当に、よく頑張ったと思う。
心臓の鼓動が、異常な早さなのを感じる。
息苦しさすら感じる。
あの女生徒、『出雲小町』は、間違いなく、今回の件の、中心に近いところにいる。
そう、直感で感じた。
だから、ありったけの勇気を絞り出してみた。
何としてでも、あの女生徒から情報を引き出し、事件の真相を暴いてみせる。
「私は、飯スタントなんかじゃないんだから!」
靴を履き替え、校門に向かって歩くと、校庭から、元気な運動部の叫び声が聞こえてきた。
あの感じ、サッカー部だろうか、それとも野球部だろうか。
青春だねえ、そんなおばさん臭い台詞を、つばめは、ぽつりとつぶやいた。
校門を出て、大きく赤い陽が落ち、徐々に赤く染まってきている道を、とぼとぼと歩いていると、万年筆から声がした。
「あの学校ガ、特殊なのでしょうカ、それとも、最近ノ学校ハ、どこもそうなんでしょうカ」
何を言い出したのだろうと思っていると、すずらんは、監視カメラを検知していると報告してきた。
あまりに突飛な報告に、すぐには頭の整理がつかなかった。
徐々に事態が飲み込めると、あまりの驚きで、つばめは、思わず足が止まっていた。
「今日までに、つばめさんの周囲デ、二つ検知していマス。一つは人感知センサーで、撮影していたようデス。もう一つハ、電源投入型のようデ、そちらハ、すぐに、電源ガ落とされまシタ」
目に見えるとこに、そんな怪しげな物は無かった。
ということは、監視を目的としたカメラでは無い、ということになると思う。
つまり、盗撮目的。
すずらんの話だと、学校の校舎は、鉄筋とコンクリートでできていて、外部からでは、細かいサーチが上手くできないのだそうだ。
一つ目のカメラは、つばめの持っている万年筆のセンサーが、おかしなレーザーを検知したらしい。
レーザーの種類から、恐らくは、人感センサー。
それと同時に稼働した回路の電流の流れから、恐らく、撮影機器の類いと推測される。
今日?
いったい、いつのタイミングだろう。
全く気が付かなかった。
もう一つの方は、数日前らしい。
つばめの周囲から、携帯電話とは異なる、電流の流れを検知したらしい。
これまで、回路を調べており、今日検出した物と、非常に似た回路ということが判明し、恐らく、これも、同様に撮影機器の類いであると推測される。
すぐに教えようとも思ったそうだが、つばめの周囲に、複数の人を検知しており、転校間もない頃であったので、なるべく、不審な状況を作るべきでないと判断し、このタイミングでの報告になったのだそうだ。
数日前で、周囲に多くの人がいた、どんなシチュエーションなんだろう。
授業中に、誰かの寝顔を、いたずらで、こっそり撮ってた子がいたとか?
つばめは、すずらんに、今度、検知した時は、状況関係無く、すぐに、携帯電話にメッセージを送ってとお願いした。
すずらんは、もし怪しげな物を見つけたら、万年筆を近づけて欲しいとお願いしてきた。
近づけてくれれば、より詳細に判別がつくし、接触してくれれば、処理も可能なのだそうだ。
その後、監視カメラの設置されていそうな場所を、思い出してみたのだけど、やはり、全く心当たりが無かった。
すずらんは、いったい、どこでそんなものを検知したんだろう。
しばらく無言で考えていると、すずらんが、大宣のリクエストだと言って、あんかけ焼きそばが食べたいそうですと伝えてきた。
また、中華なのとぼやくと、すずらんは、少し間をおいて、明日は、中華のリクエストは、よく聞こえないということしますと、言い出した。
つばめは、すずらんの言い方がツボに入り、思わず爆笑してしまった。
夕飯後、情報交換を行った。
食後のデザートの、杏仁豆腐をつまみながら。
まずは、つばめから。
『出雲小町』のことと、小町から聞いた、まりものことを報告した。
それと、すずらんが検知した、カメラのこと。
「カメラだと! 場所は、わかったのかい?」
そう、北斗は、すずらんに問いかけた。
すずらんは、先ほど同様、鉄筋コンクリートなので、広域サーチが上手く効かないと報告した。
じゃあ、どうやってカメラがあるとわかったのか。
北斗の疑問に、大宣が、つばめの持つ、万年筆型通信機には、小型センサーが、多数内臓されていると説明した。
センサー群によって、人感センサーのレーザーと、それに連動する電流を検知した。
回路の大きさ、流れ方から、八割以上の確率で、動画撮影用小型カメラと推測できると、すずらんが報告した。
恐らく監視用ではなく、盗撮用じゃないかと思うと、つばめが言うと、北斗も頷き、恐らくそうだろうなと賛同した。
調査ファイルのバインダーに、つばめからの報告を書きこんで、ふむうと、唸った後で、できれば、全て排除したいと言った。
すると、大宣が、排除するより、逆に活用したらどうかと進言した。
録画したものは、どこかに保存する必要がある。
通常、無線でネット上に飛ばすか、自身の中に保存するかの二択である。
今回、すずらんが、データ送信の電波を検知していないところを見ると、自身の中に、保存媒体を持ってるか、もしくは、回路内の保存域に保存しているかになる。
どちらにしても、カメラ本体に録画しているのだろうから、見つけ次第、そこに、すずらんが、電波発信させるようなウィルスを仕込めば、逆探知ができる。
もし、問題のある動画があれば、保管しているメディアもろともの削除が可能だろう。
「……難しくて、よくわからんな。ようはあれか、すずらんが、なんとかできる範疇ってことか?」
北斗は、笑顔が引きつっている。
大宣も、顔を引きつらせた。
「……有り体に言えば」
北斗は、すずらんに、よろしく頼むと語りかけた。
つばめも、すずらんに、よろしくねと語りかけた。
すずらんは、嬉しそうに、黄色のLEDを、ふわふわと点灯させた。
大宣の報告は、過去に行方不明になった七名のその後。
市の戸籍上は、全員、失踪という処理をされていた。
七人全員が、高校二年の秋から、高校三年の春に、突然、学校に来なくなっている。
七人が七人、その後の、戸籍の出力申請が無いところから、恐らく、社会生活を送ってはいないのではないかと思われる。
つまり、死んでいるか、監禁されているか、外国に拉致されたか。
それと、七人の両親に共通点が見られないので、恐らくは、生徒個別のトラブルではないかと思われる。
なお、七人は全員女性。
生徒手帳のデータベースから、容姿はわかるが、正直言って、写真だけでは共通点はわからない。
健康診断のデータから、身長、体重、胸囲なんかが判明しているが、共通点は無いように思える。
強いて言えば、写真のわりに、体重は比較的重めで、胸囲は普通、そう大宣が報告した。
ぽっちゃり体形か、北斗は、そう呟いた。
どうも、何かを訝しんだらしく、つばめは、一覧を見せてと言い出した。
一覧をじっと見た、つばめは、大宣の額を指で弾いた。
七人とも、体重は軽めで、胸は大きめと、訂正した。
北斗が、データを一人一人にまとめて紙に出力してくれとお願いした。
大宣が、すずらんに、プロフィール作成をお願いと言うと、すずらんのLEDが、白くふわふわと点滅し、北斗の机の横のプリンターから、紙が七枚出力された。
たしか、初回が六年前ということだったから、もし監禁だとすると、かなり厳しいものがある。
北斗の言葉に、三人は、最悪の状況を想定したようで、小さくため息をついた。
「それと、先生が探ってる方の失踪事件ですが、一部の市議会議員に、違法な献金受領の痕跡を見つけました」
大宣の報告に、北斗は、おっ!と、声を発し、待ちわびたという顔をした。
違法な献金受領、つまり収賄である。
献金したのは、土建屋。
ただし、土建屋にしては、納税報告の額が、過少すぎる。
つまり、まともな収支報告を行っていないということになるだろう。
相手の議員は、『黒部』という、市議会議長を務めている議員と、他数名。
「でかした!!!」
『黒部』の名を聞くと、北斗は、思わず叫んだ。
その情報を、何年も探していたんだよと、目を輝かせた。
しかし、どうやって、それがわかったのか、北斗は、身を乗り出していた。
大宣は、まず、各議員が公表している、収支報告書を全てすずらんのAIを利用して、精査したらしい。
定期的に献金のある議員を調べ上げると、帳簿上に、農協からの献金を定期的に記載している議員が抽出された。
その後、該当議員の、事務所の端末に、ハッキングをかけ、裏の帳簿を探り当てた。
さすがだな。
手際の良さに飽きれ、北斗も、それしか言葉が出なかった。
最後が北斗の報告だった。
依頼人からの話では、大きく、二つの失踪事件が発生しているということだった。
一つは、市の職員、もう一つが、現在つばめの通っている五曜高校。
どちらも、突然消息不明になり、家にも帰って来なくなり、連絡もつかなくなる。
もしかしたら、何か関連があるのかもしれない。
そういう話だった。
だが、今のところ、これといって、接点は見出せていない。
行方不明になった、七人の女生徒の家を探ってみたのだが、これといって、共通点は見られなかった。七人の家を地図で当たって、中心近くにも行ってもみたのだが、こちらも、単なる公園であった。
失踪した市職員の方も、土木課、交通課、林野課と、職場もまちまち、悪い噂も無く、金銭トラブルも無く、およそ共通点があるように思えない。
土木、交通、林野、そう呟いて、つばめは、首を傾げた。
北斗が、何か思い当たることがあるのかと尋ねた。
つばめは、関連があるかどうかはわからないけどと、前置きし、例の、毎朝、通学路で遭遇する、複数の、県外のダンプカーの件を報告した。
積荷は、大量の土砂のように見えるが、同じクラスの娘から聞いた噂によると、解体作業で出た廃材も、一緒に運ばれてるんじゃないかということらしい。
「……違法盛土か。確かに、そう言われてみると、それ絡みの部署ばかりだな。よし、その方向を、少し探ってみるか」
報告会が終わると、北斗は、空いた器を片付けている、つばめの頭を撫でた。
今回、つばめは、非常に頑張っているから、調査が終わったら、何かプレゼントを用意しないとと、優しい声で言った。
「ただし、絶対に無理はしないようにな。バレたら、元も子も無いし、第一、君の身に、危険が及ぶんだからね」
すずらんが、クレードルの上で体を休めながら、体育の時間以外、無理はしてないように見えますよと、報告した。
それを聞いた大宣が、ぷっと噴き出した。
「もうすぐ、水泳あると思うけど、どうする気なんだろう」
何かを思い出したようで、大宣は、くすくす笑い出した。
つばめは、それまでデレデレしていた表情から、急転直下、蒼白となった。
「北斗さん、私、泳げない。どうしよう……」
それまでに、何とか終えるしかないんじゃないかな、北斗は、つばめに背を向け、静かに笑った。
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