第4話 捜査初回の報告会
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
・赤羽まりも…同じクラスの娘、バトミントン部、行方不明
・神山えびの…同じクラスの娘、弓道部
・日高志麻…同じクラスの娘
・穂高江佐志…担任の男性教師、担当は英語、パソコン部顧問
買い物を終え興信所に帰ってくると、遠く上空からブーンという低いローター音が近づいてくるのが聞こえた。
すずらんは興信所付近まで猛スピードでやってきて、そこで体制を整え、つばめの近くでふわふわと漂っている。
早くドアを開けろと言わんばかりの態度である。
製作者が製作者なら工作物も工作物だ。
つばめが興信所のドアを開けると、すずらんはつばめに挨拶もせず真っ直ぐ大宣の元へ飛んで行った。
ただいま帰りましたと言ってつばめも興信所に入ると、奥にいる北斗が、おかえりと言ってにこりと微笑んだ。
だが大宣はつばめに見向きもせず、クレードルで休んでいるすずらんの筐体をタオルで綺麗に拭いている。
すずらんも桃色のLEDをふわふわと点滅させている。
つばめはその態度にカチンと来て大宣の後ろで立ち止まった。
どうやら大宣も、背後から異様な気配を感じたらしい。
つばめの方を向き申し訳程度に愛想笑いをすると、すぐにすずらんの手入れを再開した。
つばめはその態度にさらにイラっとして、背を向けた大宣の後頭部に買い物袋を押し当て不機嫌そうな声でただいまと言った。
「冷てっ!」
つばめはその声に満足して北斗の元へ向かった。
北斗はつばめの元気そうな顔を見るとホッとして、学校生活は順調かとお父さんのような事を言い出した。
「今日、例の娘の情報、少し聞けましたよ」
つばめの報告に北斗は、そんなに話題になっているのかと言って急に真面目な顔になった。
今日は定例の報告会をするから後ほど報告を頼むと、つばめの肩に手を置いた。
つばめは満面の笑みで、はいと答え自分の部屋に着替えに向かった。
夕飯を食べ終えると、北斗、大宣、つばめ、すずらんは情報交換を行う事になった。
食器を流し台に持って行った後、三人は羊羹を齧りお茶をすすった。
ふうと人心地付く。
まずはつばめから報告をはじめた。
例の娘『赤羽まりも』が学校を休み始めたのは二月ほど前。
なので、新学年になってすぐという事になると思われる。
性格は極めて真面目、融通が利かないところがあった。
部活はバトミントン部に所属。
突然学校に来なくなった事で色々な噂が出ているらしい。
北斗は色々な噂という部分に反応した。
何もわからないから、借金の返済に夜の店で働いてるとか好き勝手に言い合ってるみたいと説明すると、いかにも高校生の噂という感じだと言い、ふむうと唸った。
次は大宣とすずらんの番。
すずらんが学校のデータベースに潜入したところ、過去十年の生徒名簿が発掘できた。
その中で退学処理されている者は計十二名。
うち成績不振もしくは懲罰退学処分者が五名。
残りの七名は理由不明の不登校での退学処理だった。
十年で七名の行方不明者。
この人数は間違いなく異常といっていい人数である。
すずらんのデータ調査によると、最初に退学処理されたのは六年前らしい。
つまり在校生徒の線は消えたという事になると思う。
当初の予想通り教師の誰かの犯行という事になるのだろう。
北斗は腕を組み、またふむうと唸り、その直近で赴任してきた教師で今も赴任している教師をすずらんに調べてもらった。
だがすずらんの回答は今赴任中の教師の半数が該当というものだった。
「そう簡単には絞り込めんか……」
そう言って苦笑いする北斗に、もう少し何か他に抽出条件が無いとと大宣は渋い顔をした。
北斗はすずらんに退学処理された七名のリストの出力をお願いした。
すずらんが白いLEDをふわふわと点灯させると、北斗の机の横のプリンターが動き出し一枚の紙が出力された。
最後が北斗の報告だった。
まだ薄くペラペラな今回の捜査のバインダーを開き、北斗は大宣とつばめを一瞥してから話し始めた。
「今日、依頼人にもう一度、話を聞きに行ってみたのだが、赤羽まりもは、突然、自分の部屋から消え、そこから家に全く帰って来ていないのだそうだ」
いわゆる蒸発という状況である。
できることならば両親に直接話を聞きたいところだが、北斗たちは探偵であり、それはさすがに警察じゃないと難しい。
現状で考えられる一番考えられる可能性は家出だろう。
例えば恋人の家に押しかけていて親にも言えないという状況である。
だがつばめは真面目な娘らしいとすぐに否定した。
学校で真面目な娘が裏ではそういう事をしているなんて普通にある話だと大宣は反論。
そういう相手が探り出せれば話は早いんだがと北斗が言うと、つばめも大宣も確かにと言って小さく笑った。
そこまで報告が終わるとつばめが、ちょっと良いですかと小さく手を挙げた。
実はちょっと気になる噂があると言って、例の部活で朝早く登校した子が教室で赤羽まりもを見たという話をした。
あくまで噂程度の話と最後にもう一度付け加えた。
その報告に北斗は驚き身を乗り出さん勢いで机に前のめりになった。
時期がわかるかと北斗は聞いたのだが、残念ながらそこまではわからない。
もしもその噂通りに学校に顔を出したとするならば、家出の線が濃厚ということになる。
そうなれば想定される状況はぐっと狭まり、捜査の方向性が固まることになる。
できれば何か痕跡のようなものが掴めると良いのだがと北斗は呟いた。
「机とかロッカーとか靴箱とかを観察すれば良いんですか?」
つばめが恐る恐るという感じで北斗に尋ねた。
北斗は大きく頷いた。
もしその噂が本当だとすれば、ロッカーや靴箱に埃が積もっていないはずなのである。
明日にでも探ってみますとつばめは頷いた。
「だが一月以上も登校していない娘が、一体教室に何の用があったんだろうな……」
北斗が口にした疑問に、大宣とつばめも確かにそうですねと言って首を傾げた。
翌朝、興信所を出て学校に向かう途中、細い通路で、また正面からダンプカーがやってきた。
うち二台目のダンプカーが、わざわざつばめに寄って来て目の前の水たまりにタイヤを入れた。
「きゃっ!」
白い制服に泥が跳ね顔にも泥が付く。
最悪と呟いてハンカチで顔を拭いていると、少し遅れて来たダンプカーが別の水たまりにタイヤを入れた。
もうと言って怒り、振り返ってダンプカーを見るとナンバープレートが目に入る。
どのダンプカーのナンバープレートも泥で酷く汚れてはいるものの同じ地域が記載されている。
隣の県の、今の市からはかなり離れた地域である。
他県のダンプカーが何でわざわざこんなところに来ているのだろう?
服に跳ねた泥を拭いていると、神山がおはようと挨拶してきた。
どうやら先ほどダンプカーの跳ねた泥がつばめの髪にもかかっていたらしい。
神山もハンカチを取り出しつばめの髪にはねた泥を吹き取ってくれた。
あのダンプカーはいったいどこから来ているか知っているかと神山に尋ねた。
神山はあくまで噂と断ったうえで、隣県での解体作業で出た瓦礫を土砂に混ぜて裏の山に捨ててるらしいと話した。
それってつまりは『違法盛土』。
「よく知らない。だって、そういうのって学校で教えてくれないもんね」
それはそうでしょ。
違法であるということを教えるということは、こうやって罪を犯すんですよと教えるようなものなんだから。
ただそのせいで、法学部の人以外は罪を犯されても抗議をして良いのかどうかすら判断ができないわけなのだけど。
学校に到着すると神山は先に来て靴を履き替えていた同じクラスの娘と挨拶を交わした。
つばめは靴を履き替えると靴箱に書いてある名札を一つ一つ見ていき赤羽の靴箱を探した。
それが不自然に見えたのだろう。
神山が不信がった。
昨日のお昼の時に話題になってた赤羽さんの事を思い出したと言い訳し、今日は来てるのかなと靴箱を確認していたと話すと神山はそれなりに納得してくれた。
だが神山は、どうやらつばめが昨日の話で何かを勘違いしたらしいと察し、にやりと口元を歪めた。
「ああ、なるほどね。でも残念だけどもう見れないんじゃないのかなあ」
神山は一度つばめから目線を外すと、顔を近づけ声のボリュームをかなり落とした。
この学校は毎年一人二人神隠しみたいに行方不明者が出てるんだってと学校の怪談を話す体で話し始めた。
なんでも何年か前に校庭の隅の社をサッカー部の人が蹴ったボールが壊しちゃったらしい。
神隠しが始まったのはそこからなのだとか。
無言で少し寒そうなそぶりをするつばめだったが、すぐに冷静になり一つ疑問点が浮かんだ。
じゃあ昨日言っていた朝練の子が見たというのは、どういうことなのだろう?
神山は表情を強張らせたつばめを見てくすりと笑う。
「ああ、それね。鞄置いて久しぶりって言おうとしたら消えてたってやつね」
……もう少し暑くなってから聞きたかったかも。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。