第3話 欠席している女生徒まりも
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
翌朝、少し早めに起床したつばめは、台所に行き朝食を用意し弁当を作った。
朝食も弁当も三人分である。
台所で食事を用意している音は部屋まで届いているはずである。
何なら良い匂いもしているはず。
だが北斗も大宣も全く起きてくる気配が無い。
北斗は夕食後に資料整理を行っている。
北斗は何気に昔気質なところがあり、ディスプレイに映った情報が頭に入って来ないらしい。
その為、資料は全て紙に印刷しそれをバインダーに挟んで纏めている。
その作業にかなり時間がかかるらしい。
夜遅くまで苦戦しているなんて事も多々ある。
だが大宣は夕飯が終われば基本自由時間である。
なのに起きてこない。
夜遅くまで一体何をやっているのやら。
やむをえず、つばめは一人寂しく食卓に座った。
味のリ、卵焼き、お新香、味噌汁。
味のリでご飯を巻き、ゆっくりご飯を噛み、味噌汁を流し込む。
朝食を食べ終えると手を合わせ、食器を洗った。
食事が終わると今度は身支度である。
洗顔をし髪を梳かし長い髪を綺麗に編んでいく。
化粧するのが当たり前になった日常で、化粧をしてくるなというのは非常に恥ずかしいものがある。
だけど、いくら恥ずかしくても、目立って孤立したらそこで終わりになってしまう。
ここは化粧品代が浮いたと良い方に考えて諦めるしかない。
大宣の作業机にある充電の済んだ万年筆を胸ポケットに挿し、すずらんを呼び興信所の扉を開ける。
「おはようございマス、つばめさん。今日も天気は下り坂のようデスヨ。傘をお忘れなく」
おはよう、すずらん。
あなただけだよ、ちゃんと朝の挨拶してくれるのは……
興信所を出ると、すずらんは一人で先に大空に飛び立って行ってしまった。
空を見上げると、昨日の雨は上がったものの、どんよりとした白灰の雲が覆いつくしている。
すずらんの予想では今日も夕方から雨らしい。
傘立てから傘を引き抜くと、学校に向かって歩き出した。
登校の途中、一車線の道を通る。
目の前から、パンパンに土を積載した巨大なダンプカーが、つばめのギリギリを走り抜けて行った。
それも、二台、三台、四台と続けて。
その三台目が、つばめの制服をかすめて行った。
うわあと、つばめは思わず声をあげた。
「危ないよね。ここの道、平日の朝はいつもああだから気を付けてね」
一人の女生徒がつばめの袖に付いた泥を払いながら言った。
女生徒の名は『神山えびの』。
どうやら同じクラスの娘らしい。
ただ残念ながら登校二日目で、生徒は昨日の日高さんしかわからない。
いかにも高校の運動部の娘という感じで、全体的には細身ながら適度にぜい肉が付いている。
髪はかなり短く、傷んでいるのか地の色なのか、亜麻色に色が抜けている。
かなりあっさりした顔立ちで、目が細く唇も薄い。
何となくだが化粧映えしそうな顔だなとぼんやりと考えながら神山の顔を見ていた。
するとそこに、またダンプカーが一台二人のすれすれを通って行った。
「毎朝、毎朝、何をあんなに運ぶ物があるんだか……」
神山の言いっぷりからすると、かなり前から毎日のようにあのダンプカーは土砂を運び続けいるという事になる。
一体いつからなのだろう?
つばめの質問に神山は少し顔を上げ、何かを思い出すように空を見ている。
少なくとも神山が小学生の時には既にそんな状況だったらしい。
とういう事は十年以上という事になるだろうか。
「ここ小学生も通るのにさ、運転手の中には、わざわざ私たちの方に寄って走るやつもいるのよ」
振り返っても既にダンプカーは見えないが、神山は腹立たしいという顔をしてダンプカーの行き先を睨んだ。
そこから神山と二人で、ダンプカーの話を聞きながら学校まで向かった。
だが神山の話は、危険な運転だという事を数多の事象を例に話すだけで、これと言った新しい情報が無かった。
教室に入ると、机の横のフックに鞄を引っかけた。
神山の席は、つばめからすると教室の反対側らしく、教室に入ると別の女の子と話し込んでいた。
つばめは席に着くと、今日も洗濯できてないから明日まとめて洗濯しないとなどと思いながら、どんよりとした黒灰の雲を見つめていた。
すると、昨日教科書を見せてくれた隣の席の日高が挨拶をしてきた。
おはようと挨拶を返すと、日高は志麻と呼んで欲しいと言って笑った。
ならばと、つばめもつばめと呼んで欲しいとお願いした。
その後志麻はつばめに、休みは何してるのや、テレビはどんなのを見てるの、ゲームはするのなど、とりとめのない質問をしてきた。
そこにガラガラと扉が開き、担任が入って来てホームルームになった。
「今日も赤羽以外全員出席だな」
そう言って出席簿を閉じた。
昨日と重複するような連絡事項を何点か言って担任は教室を後にした。
志麻の話によると、担任の先生は『穂高江佐志』というらしい。
担当教科は英語で、担当の部活はパソコン部。
年齢は三十代後半で独身。
あまりユーモアのあるタイプでは無いが、教え方が優しく、授業がわかりやすく、それなりに生徒からの人気はあるのだとか。
顔もそこそこで、背も普通、それでいて独身なのは実は男色なのではと、女生徒、特に恋愛に縁の無さそうな女生徒の間で噂になっているそうだ。
担当しているパソコン部は、最近になってゲームの大会に参加するようになったようで、何かの大会で賞を取ったと表彰されていたらしい。
近年ゲームの大会は人気で、パソコン部は新入部員がかなり増えている。
だが穂高先生の方針で部活動は一時間、そのうちゲームは三十分のみと決められているらしい。
残りの三十分のうち十分はミーティング、残りの二十分は体力作りをする事になっている。
その為、文化部なのに体操着で校庭を走っている姿を目撃するのだとか。
一限が終わると神山が話をしにやってきた。
そこまで社交的では無いつばめにとって、正直向こうからやって来てくれるのは非常にありがたい。
神山もつばめの事をあれこれと聞いてきた。
特に神山が気にしていたのは部活動の事だった。
はっきり言ってつばめは運動ができない。
見た目かなり細身ではあるのだが、運動で痩せているわけではなく、単に食べても太らない体質というだけである。
それを神山に言うと、神山と志麻は、自分のぷにぷにしたお腹を触って羨ましいと言い合った。
昼休み、志麻と神山、二人の友人、合わせて五人で弁当を食べた。
今日の弁当は、里芋の煮物と、肉団子、卵焼き。
里芋の煮物のつゆがご飯に染みて中々に美味。
四人に比べ、つばめは食べる速度が非常に遅い。
まだつばめが食べているのに、もう他の四人は、とりとめのない会話を交わし笑いあっている。
ふいに志麻の友人が赤羽の話題を振った。
四人の話によると、昨日、今日と休んでいる赤羽まりもは、二月ほど前から急に学校に来なくなったらしい。
それまでは比較的真面目な生徒だった。
勉強、運動、どちらもできる優等生だったのだそうだ。
バトミントン部の人たちも、もうすぐ大会なのに全然学校に来ないから困っているらしい。
突然の登校拒否だったため、噂が噂を呼び、両親の借金の返済で夜の店で働いているやら、実はいじめにあっていたやら、誰か教師とトラブルになっているやら、さまざまな憶測が飛んでいるらしい。
「一昨日、朝練の娘が教室で赤羽さんを見たって言ってたけど、どうなんだろうね?」
志麻の友人が、そう言って神山にどう思うか尋ねた。
神山は、それには何とも答えず苦笑いしただけだった。
どうやら神山は赤羽と何かあったらしい。
杓子定規というか融通が利かないというか、正直少し苦手だったと苦笑いしながら言った。
志麻は特に揉めたような事は無かったそうだが、融通が利かないという点には同意している。
今頃あの娘何をしてるんだろうと四人は言い合った。
つばめは肉団子を食べながら、四人の会話をじっくりと聞いている。
「……つばめちゃん、まだ弁当食べてたの?」
神山が呆れ口調で言った。
下校時間になり、部活に入っていないつばめは、同じく部活動の無い志麻と一緒に下校した。
志麻の話によると、神山は弓道部に入っているらしく、いつも授業が終わると鞄を持ってそそくさと教室を出て行くらしい。
弓道部は和装への着替えがあるうえに、弓道場は利用できる時間が限られているらしく、少しでも長く練習しようとすると、どうしても始動を早くするしかないのだとか。
しかも弓道場に入る前に、準備体操と軽く体力作りをする事になっているそうで、最初は体操着に着替えないといけない。
「だからね。弓道部の娘って体育の時の着替えが異常に早いんだよ」
志麻は口元を押さえてくすくすと笑った。
志麻なりに自分が毒づいているという自覚があるのだろう。
じゃあまた明日と校門で志麻と別れると、一人下校の途についた。
暫く歩くと胸の万年筆がピピと鳴った。
「今日の夕飯は決まりましたカ?」
また大宣くんのリクエストかと、つばめは露骨に不満があるという低めの声を発する。
せっかくリクエストを聞いてあげても昨日のあの態度なんだもん。
リクエストを聞く甲斐が無い。
「いえ。今日は北斗さんデス。回鍋肉丼って作れマスカだそうデス」
北斗からのリクエストだとわかると、つばめの声は打って変わって弾むような高いものに変わった。
回鍋肉かあ。
あれなら味が濃いから味噌汁と何か一品あれば良いかな。
「私の知識では青じそや紅生姜が合ったはずデスが?」
色々な知識をデータベースで持っているすずらんだが、料理の情報はそこまで豊富というわけでは無いらしい。
すずらんが言っているのは『薬味』もしくは『付け合わせ』、つばめが言ってるのは『小鉢』の事である。
すずらんは、つばめが言った事の意味が理解できず黙ってしまった。
回鍋肉は味が濃いから、一品は味の薄いものが良いかな。
もやしとハムを炒め甘酢で和えたらどうかな。
回鍋肉は意外と脂っこいから、さっぱりするんじゃないかな。
「それは美味しそうデスネ!」
味なんてわからないのに適当な相槌を打ちおってからに。
機械のくせに相槌を打つ事を覚えさせているとか、大宣くんは、一体すずらんに何を求めているんだろう?
「私にもわかりマスヨ。五味プラス旨味のバランスを計算できマスから」
計算式や数字で美味しい料理ができるんなら、三ツ星料理人なんて必要ないのよ。
そもそも同じ料理だって、人によって味の好みが違うのだから意味が無いのよ。
自分の料理の腕に絶対の自信を持っているつばめは、少しムッとした顔をした。
「好みデスカ。なるほどネ。私が風力の電気を嫌ってるみたいなもんデスネ。あれは五味で言うと苦味が強いのデス」
……わけわからん。
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