第21話 飯出
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
・瀬戸八雲…週刊「日輪」の記者、あだ名は「山鳩」
・谷川室人…弁護士
・暁なす乃…県警の刑事課の刑事
・赤羽まりも…同じクラスの娘、バトミントン部、行方不明
・神山えびの…同じクラスの娘、弓道部
・日高志麻…同じクラスの娘、写真部
・村山こがね…隣のクラスの娘、家庭科部部長
・出雲小町…隣のクラスの娘、バトミントン部、まりもの友達
・霧島遥香…バトミントン部、登校拒否
・三次…同じクラスの男子、サッカー部
・碓水…同じクラスの娘、水泳部
・穂高江佐志…担任の男性教師、担当は英語、パソコン部顧問
・阿賀野…女性教師、担当は体育
・渡月…女性教師、担当は家庭科、家庭科部顧問
・小倉苗羽…男性教師、担当は化学
・米代…ムーンライト地所社長
・飯出梁真…盗撮犯
あの日、インターネットカフェの会員証で見た、「飯出梁真」という人物。
あの日から、北斗は、この人物の事を、大宣と共に、調べている。
戸籍上では、隣の市に、生まれ育ったことになっている。
高校を卒業し、隣県の大学に進学。
大学卒業後、教師として、隣の市の中学校に赴任。
ある日を境に、突然教師を辞めてしまった。
在籍中の不祥事の記録無し。
担当は社会。
部活は、写真部を指導していた。
「隣の市」「中学教師」「写真部」というキーワードから、北斗は、すぐに、大規模売春事件を思い出した。
飯出が、吾妻の共犯者では無いかと疑ったのである。
だが、飯出が消息不明になったのは、事件発覚より、かなり前。
その当時の、教職員名簿を探ってもらったが、教員の中に、吾妻の名は無かった。
保険証情報によると、飯出の父は公務員、母は会社員だったらしい。
飯出が大学生の時に、父親は行方不明になり、山中で遺体が発見された。
その翌年には、母親が交通事故死している。
父親の死について、大宣に調べてもらった。
当時の地元新聞に記事があり、それによると、金銭トラブルを苦に自殺となっていた。
ただし、警察発表には、不審な点が残っていると、その記事を書いた記者も、思っていたらしい。
現場の状況が、挿絵付きで、詳細に記載されており、それを読むと、どう考えても他殺、それも、複数犯の犯行に思える。
なお、記事内に、飯出の父に対し、「市役所の生活支援課に勤務」という記述があった。
生活支援課といえば、生活補助の窓口として知られている。
もしかすると、あの『ムーンライト地所』の連中と、何かしら揉めたのかもしれない。
その記事を書いた記者を、瀬戸に探ってもらったのだが、その記事を書いたすぐ後に、退職してしまっているらしい。
瀬戸から名前を聞き、こちらも大宣に調べてもらったところ、退職後から、納税の記録が無いらしい。
戸籍出力の形跡も無く、死亡届けは出ていないものの、もしかすると、この人物も、行方不明なのかもしれない。
そうなると、飯出の母親の交通事故にも、疑惑が湧いてくる。
こちらは、なす乃に調べてもらった。
警察に保管されていた報告書によると、出会い頭の事故ということになっていた。
ただ、該当の道は、田んぼのあぜ道のような道で、正面から来たダンプカーに、当て逃げされたらしい。
相手のダンプカーは、結局、見つからなかったようだ。
両親共に、生命保険の受取先は、息子の梁真になっており、かなりの保険金が、当時大学生だった、飯出に、支払われたことがうかがえる。
大宣に学生名簿を調べてもらい、当時の教え子を当たってみた。
当時の中学生は、現在は、社会人をしている者が大半で、なかなか、話を聞くことができなかった。
ただ、専業主婦をしている者も少ないながらいて、そうした人物から、多少、話を聞くことができた。
数少ない証言からは、普通の先生だった、生徒の写真を撮るのが好きだったという情報しか、得られなかった。
突然退職したのも、生徒たちには、『家庭の都合』としか、説明されなかったらしい。
両親が揃って他界しており、兄弟もおらず、未婚だった飯出に、一体、どんな家庭の都合があったというのだろう。
大宣の調査によると、「飯出梁真」は、失踪後、やはり、納税の記録は無いらしい。
だが、戸籍謄本を、何度か取得した形跡があるらしい。
最後の戸籍謄本の申請は、三年前。
もしかすると、突然手に入った大金に、身を持ち崩してしまい、借金を作り、戸籍や身分を、裏の組織に、売ってしまったのかもしれない。
ただ、元教師という経歴からして、例えば、塾講師のような、再就職は、その気さえあれば、容易に思える。
そんなことをしなくても、いくらでも、人生の再スタートは、できそうなものである。
ではなぜ、飯出は、消息を途絶えさせることになってしまったのか。
いったい、今、彼は、どこにいるのか。
学校では、例の更衣室問題が、かなり知れ渡っており、大問題となっていた。
現在、更衣室は、鍵の交換を行っていて、それが終わるまで、水泳の授業は中止となった。
水泳部も、しばらく筋トレになったと、碓水が言っていた。
つばめは、志麻や神山、碓水には言わなかったが、小町には、犯人が霧島であることを明かした。
教室内では無く、教室前の廊下で、実は犯人を目撃したという体で話した。
小町は、話を聞くと、何でそんなことしたんだろと言って、どこか憐れむような表情をした。
前回、霧島を問い詰めた時、脅迫を受けているような態度をしていた。
それを思い出したのだろう。
小町は、腕を組み、じっと何かを考え続けた。
ふと何かを思いついたようで、指を鳴らそうとしたが、音はしなかった。
もしかしたら、霧島さんも、私みたいに、部室で何か盗まれたのかも。
もしかしたら、まりもも、同じように、部室で何か盗られたのかも。
小町の言葉に、つばめも、はっとした。
十分にありえる。
今度はつばめが、真剣な表情で、流し目をして、何やら考え込んだ。
十分にありえることではある。
だけど、下着の上を盗まれた程度で、それが脅迫になるのかなあ。
可能性としてあるとすれば、着替えを盗撮されることだけど。
小町に、部活の後、下着はこの部屋で着替えるのと尋ねると、小町は、さすがにこの部屋は狭いから、トイレで着替えてると言った。
……トイレ。
また、トイレか。
「ねえ、小町ちゃん。その頃、赤羽さんって、何か変わったこと無かったの?」
最後に見た日のことを思い出してみてと言われ、小町は、腕を組み、上空を見上げた。
変わったこと、変わったことと、ぶつぶつ呟いた。
……最後に見た日。
いたって普通の部活の日。
まさか、それを最後に、いなくなるなんて、きっと誰も思っていなかった。
そんな最後の日だった。
普通に部活してて、トイレに行くと言って、部活を抜けだした。
その後、結局、まりもは、部活に戻ってはこなかった。
部活が終わって、部室に戻ると、荷物が無くなっていた。
それで、あのまま、まりもが、帰ったらしいと知った。
他の部員たちは、トイレで、何か恥ずかしいことがあって、そのまま帰ったんじゃないかと言っていた。
その日の夜、まりもの母親から電話があり、まりもが失踪したことを知った。
今も、まりもの残していった、部活の道具が、ほんの少しだが、部室に残っており、それを見ると、いつかふらっと、まりもが帰って来るんじゃないかと、期待してしまう。
「トイレ」という話が出たので、放課後に、体育館のトイレに行き、一部屋づつ個室を確認した。
だが、すずらんは全く反応せず、どうやら、盗撮カメラは、設置していないようだった。
あるいは、以前は設置していたが、今は、とっくに回収済みなのか。
体育館を覗くと、小町と目が合い、部活を抜け出し、やってきた。
何かわかったと聞く小町に、つばめは、苦笑いし、首を小さく横に振って、残念ながらと、短く言った。
現状では手詰まり。
つばめは、そんな雰囲気を漂わせていた。
「ねえ、つばめちゃん。ダメ元で、今週末、霧島さんの家、行ってみる? あの娘の家、知ってそうな娘に、聞いておくからさ」
中学まで、学校が違うから、両親は初めて見るけど、同じ部って言えば、霧島さんを呼んでもらうくらいはできるかも。
そう小町は提案した。
「今週末はちょっと……その……なんか、サッカー部の試合観に行くことになっちゃって……」
それまで、真剣な顔をしていた小町が、みるみる不機嫌そうな顔に変わっていった。
馬鹿馬鹿しい、露骨にそんな態度をとった。
「あっそう。おモテになられて、よろしゅうございますね」
いや、そんなんじゃないから。
……あるけど。
私が行きたいわけじゃなくて、向こうが観に来いっていうから。
志麻ちゃんが、行きたいって言うから。
ああ、この目、何言っても、無駄だろうな。
「あの、もしよかったら、小町ちゃんも一緒に……」
小町はじっとりとした目で、引きつった顔のつばめを、見つめている。
沈黙と静寂が、辛い。
それと、お願いだから、その目はやめて。
「お邪魔したら悪いから」
小町は、ぷいと顔を背け、部活に戻ってしまった。
週末、午前の授業が終わると、三次が、つばめのところにやってきた。
約束の日だけど、試合、観に来れるかなと、目を輝かせている。
かなり張り切っているらしく、早々と、試合のユニフォームを着ている。
「志麻ちゃんが行きたいって言うから、私も行くことにした。でも私、ルールが……」
私も行くことにしたという部分だけ、はっきりと聞こえたらしい。
隣に志麻ちゃんがいるのに、つばめに向かって、親指を立ててきた。
ルールなんて、相手のゴールに、ボール入れたらオッケーってだけ、覚えててくれれば良いから。
色々、細かいルールはあるけど、初めて見るのに、そんなのにこだわってたら、楽しめないから。
三次は、そう言って、にっこりと笑った。
それでも不安そうな顔をするつばめに、三次は、再度、大丈夫と言って、肩をポンポンと叩いた。
「試合中って、どこを見てれば良いの?」
つばめの質問は、どういうところに注目すれば良いのという質問だった。
だが、三次は、そうは受け取らなかったらしい。
「俺だけ見てくれたら!!」
三次は、今日一番の良い笑顔を、つばめに向けた。
決まったとでも思ったのだろう。
だが、つばめは、若干困り顔で、愛想笑いした。
渋々、志麻と共に、グラウンド近くの日陰に行くことになった。
三次たちは、一つの場所に固まって、準備運動をしていた。
志麻は、顔を赤くしながら、何度も、恰好良いと呟いている。
もはや、志麻は、隣のつばめには、全く興味が無いらしく、カメラを抱えて、グラウンドを凝視していた。
正直なところを言えば、つばめとしては、観に来たくは無かった。
三次が、つばめに好意を寄せているのは、学校内で、かなり話題になっている。
少なくとも、今、グラウンドに来ている娘たちは、全員知っているだろう。
案の定、周囲の女性からの視線が、刺すように痛い。
練習が終わると、ミーティングが始まった。
いつも、つばめたちの前で、ヘラヘラしている三次が、見たことも無いような真面目な顔で、監督の話を聞いていた。
監督は、小さな白板に、白黒の碁石を動かして、何やら説明していた。
ミーティングが終わると、全員で円陣を組み、掛け声をかけて、気合を入れた。
円陣が解けると、選手たちは、試合開始まで、思い思いに過ごしていた。
三次は、観客たちをキョロキョロと見渡していた。
その中に、つばめを見つけると、全力で駆け寄ってきた。
「富士さん。俺、今日点取るからさ、取れたらさ、一回デートしてよ」
志麻が、きゃあと黄色い悲鳴をあげた。
つばめちゃん、受けようよと、囃した。
「いや、そんな、私……」
困っているつばめに、志麻は、もどかしいと感じたらしい。
つばめを差し置いて、つばめちゃんのために、点取ってと、三次に気合を入れた。
三次は、つばめに向かって、拳を向けて、グラウンドに走って行った、
この女、何を勝手にと、志麻を睨んだが、もはや手遅れだった。
周囲の女の子たちの、厳しい視線が痛くて、まともに前が向けない。
だが、少し考え、志麻が勝手に言った事と、やり過ごせば良いかとも考えた。
そもそも、あいつ、お調子者っぽいから、舞い上がって、点取れないかもしれないし。
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